OTHERS
□ノンフィクションの君
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「なにしてんの?」
構えていた小説から顔をあげて、鷹が尋ねた。
静かな部屋の中、紅茶の香りが柔らかく漂う。
姉が仕事でイギリスに行った際に大量に買ってきた紅茶だったか。
知らない間に[彼女]は、鷹の家のいろいろなことを覚えていた。
「え、あ、お茶をいれようかと」
「ああ、そう…」
「…いります?」
「…いや、いい」
軽く返事をして、また小説に目を落とした。
有名なイギリス人作家の隠れた名著。
確かに、紅茶を飲みながら読むには適した本だったかもしれない。
こぽこぽと沸騰する湯がティーカップに注がれる音がして、
ゆるやかに流れるストーリーから、また顔をあげて彼女を見た。
「美味しい?」
「え?」
「その、紅茶」
「まだ飲んでいませんけど」
くすくすと彼女が笑い、注いだばかりのティーカップに口をつけ、
唇が紅茶に触れた瞬間、また・遠ざけた。
「あち・・」
「そりゃ、熱いだろうね」
「…鷹さんも飲みます?」
「いらないって」
そして再び小説のほうに目を戻した。
どこまで読んだのか、どんなあらすじだったのか、おぼろげになっているのを感じながら。
この本を読んだのは、これで4回目だというのに。
「面白いですか?」
「え?」
「その本」
彼女が紅茶のカップをもって、鷹の隣に腰かけた。
窓の外にある庭では、太陽をめいっぱい浴びた植物が揺れていた。
小さく開けた窓から吹く風を感じながら読書する時間は、いつも、一人だったのに。
「最後まで読んでないから、わからない」
「でも初めて読む本じゃないでしょう?」
「……」
本を閉じた。読み尽くしたその本は、薄く、黄ばんでいた。
「もう読まないんですか?」
なんてしつこく尋ねてくる彼女の唇に、キスをした。
紅茶の熱が、まだ、熱い。
顔を離すと、また、彼女が不思議そうに首をかしげた。
「なんで・キスを」
「集中できないんだ、君が、いると」
面食らったような顔をしたあと、その顔を崩して彼女が笑った。
黒髪が、幼げな顔立ちが、自分だけに注がれる視線が。
フィクションの世界から連れ出させる
ただ・ひとりの 現実(リアル) 。
(つまり、邪魔ということですか?)
(それも悪くないかなって思い始めてるけどね)
End