OTHERS

□ノンフィクションの君
1ページ/2ページ


「なにしてんの?」

構えていた小説から顔をあげて、鷹が尋ねた。
静かな部屋の中、紅茶の香りが柔らかく漂う。
姉が仕事でイギリスに行った際に大量に買ってきた紅茶だったか。
知らない間に[彼女]は、鷹の家のいろいろなことを覚えていた。

「え、あ、お茶をいれようかと」
「ああ、そう…」
「…いります?」
「…いや、いい」

軽く返事をして、また小説に目を落とした。
有名なイギリス人作家の隠れた名著。
確かに、紅茶を飲みながら読むには適した本だったかもしれない。
こぽこぽと沸騰する湯がティーカップに注がれる音がして、
ゆるやかに流れるストーリーから、また顔をあげて彼女を見た。

「美味しい?」
「え?」
「その、紅茶」
「まだ飲んでいませんけど」

くすくすと彼女が笑い、注いだばかりのティーカップに口をつけ、
唇が紅茶に触れた瞬間、また・遠ざけた。

「あち・・」
「そりゃ、熱いだろうね」
「…鷹さんも飲みます?」
「いらないって」

そして再び小説のほうに目を戻した。
どこまで読んだのか、どんなあらすじだったのか、おぼろげになっているのを感じながら。
この本を読んだのは、これで4回目だというのに。

「面白いですか?」
「え?」
「その本」

彼女が紅茶のカップをもって、鷹の隣に腰かけた。
窓の外にある庭では、太陽をめいっぱい浴びた植物が揺れていた。
小さく開けた窓から吹く風を感じながら読書する時間は、いつも、一人だったのに。

「最後まで読んでないから、わからない」
「でも初めて読む本じゃないでしょう?」
「……」

本を閉じた。読み尽くしたその本は、薄く、黄ばんでいた。

「もう読まないんですか?」

なんてしつこく尋ねてくる彼女の唇に、キスをした。
紅茶の熱が、まだ、熱い。
顔を離すと、また、彼女が不思議そうに首をかしげた。

「なんで・キスを」

「集中できないんだ、君が、いると」

面食らったような顔をしたあと、その顔を崩して彼女が笑った。
黒髪が、幼げな顔立ちが、自分だけに注がれる視線が。


フィクションの世界から連れ出させる
ただ・ひとりの 現実(リアル) 。


(つまり、邪魔ということですか?)
(それも悪くないかなって思い始めてるけどね)


End
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ