進若@

□ブレーキ
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黄ばんだカーテンが、窓から流れ込む風に大きく膨らんで揺れる。
誰も読まなくなった図書ばかりが貯蔵された第二図書室には、
ほこりとかびで濁った・清々しいとは嘘でも言えない匂いがたちこめていた。


「進さん…」

絡んだ指が、じっとりと熱い。
若菜の細い指に絡む進の指に柔らかさというものはなく、
思わず力んだ指が、ぎりぎりと彼女の手を締め付ける。
少し顔を歪めて若菜が微笑みかけると、その力はまた・強く。

「若菜」

彼女を書架に押し付けて、その細い首に唇を落とした。
小さく反応した彼女の首は、白く・細く・冷たい。
鍛えられていない若菜の体はどこも柔らかみを持っていて、
自分より20センチも小さな彼女はまるで、違う生き物のようにさえ思えてしまう。


「…ふ…ぁ」

首筋に触れる唇に、若菜が小さく息を漏らした。


「首はだめって…言ったじゃないですか…」

若菜は頬を紅くして、少し潤んだ目で見上げて言う。

「すまない」

痣のようになった印を進が指でなぞる。
その恥ずかしそうにした彼女の顔に、また。

「…だが、我慢できない」

「ん…っ」

こちらを見上げている若菜の唇をふさいだ。
絡ませた彼女の指に、力が入る。


使わなくなった応接間や意味のない置物の貯蔵された倉庫室が並ぶ廊下に位置された第二図書室。
大昔の非大衆的な思想や宗教に興味があるような人間以外滅多に訪れないような場所であり、
もちろん今だって例外は無く、カーテンの大きくはためく音以外に物音はしないし、
人の声と言えば、若菜の漏らす・小さな息音のみ。


「ぁ…、んっ…!」

指を解いて、進の手が若菜の太ももにのびる。
平生の不器用で大胆な動作からは想像できないくらいに柔らかな触り方に、
触れられた若菜の足ががくりと揺る。

「ゃ、ん…、進さん…!」

若菜は進の胸をぐいと押してそれを止め、脚を触る手を掴んだ。
華奢な肩が小さく上下していた。


「やっぱり、駄目ですよ…」


こんなところで、と言い足して、俯いた。
進は若菜の肩を掴んで、覗きこむようになりながら、真っすぐ彼女の眼を見た。

「ここなら誰も来ない」
「だからって…」
「…分かった、お前の嫌がる事はしたくない」
「……」
「好きだ、若菜」

若菜を強く抱きしめて、進が言った。
押しつけられた彼の胸から、どきどきと鼓動が聞こえてくる。
アメフト以外興味がなさそうな彼にここまで愛される日が来るなんて、思ってもみなかった。
加減の知らない彼のブレーキを壊したのは、紛れも無く・自分。

「進さん…、」
「少し待ってくれないか」
「?」
「今、我慢しているところだ」

ぎゅうと抱きしめて、彼が言う。
あまりにも素直な言葉に思わず、笑ってしまった。
本当にこの人は自分が好きで、自分が嫌だという事は・しないんだ。
とても・とても、私が好きで。


「進さん」

「……」

「あの…、いい・です、よ…?」


声が震えてしまった。
彼は体を離して彼女の眼を見ると、本当にいいのか、と言う風に、小さく眉を寄せた。
「いいんです、私も・進さんが好きだから」
と、小さな声で言って頷くと、彼は、ひょいと彼女を持ち上げた。

「ひゃっ!」

書架のところから持ち上げ、閲覧のテーブルの上に、彼女を降ろした。
長年使っていなかったテーブルに積もったほこりが、一気に舞い上がり、
差し込む陽に、きらきらとひかる。


ゆっくりと、彼が覆いかぶさった。



―ブレーキを壊したのは、紛れもない・自分。





何度も何度も彼は「好きだ」と繰り返して、
彼女はただ・彼の手の導く世界へと。


END
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