遙か3
□紫陽花の君
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『弁慶が来る』
そう湛快殿から文を貰い、不覚にも胸が高鳴った。
弁慶がこの熊野の地を離れてから随分経つ。
何度かは帰ってきていたらしいが、私は一度も会っていなかった。
「大きくなったら頼子をお嫁さんにするからな」
弁慶がいなくなってすぐに、湛増が私にそう言った。
「楽しみにしてるわね」
「ああ!」
微笑みながら頭を撫でてやると、湛増は笑っていた。
子どもの戯言だとも思ったが、傷付いていた心には優しく沁みた。
「どうした?頼子」
湛快殿の声に顔を上げる。
昔の事を思い出しているうちに、呆けていたらしい。
「いえ、何でもありません」
「ならいいが」
人の良い笑みを湛快殿は浮かべた。
何でもないとは言ったが、彼が龍神の神子達と共に熊野別当に会いに来る、そう聞いた時から本当はずっと動揺している。
弁慶が比叡に行って以来、全く彼とは会っていないから。
「湛快様、龍神の神子様方がいらっしゃいました」
「分かった」
その言葉に体が震える。
同じ建物に弁慶がいる、ただそれだけなのに馬鹿げているとは思う。
「覗いてみるか?」
私が気になっているのに気付いたらしい湛快殿がそう言う。
「それは…いくら何でも失礼でしょう」
「なら茶でも持って来たとでも言えばいい」
この人はどうしても私を弁慶に会わせたいらしい。