短編小説

□春の夏
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 寝苦しい夏の夜だった。
 布団に入って一時間は経った気がするが、何度も寝返りを打つばかりで一向に睡魔の気配は無い。真っ暗闇にもとうに目が慣れて部屋中が見渡せる。暑い。じっとりと体が汗ばむ。

「くそ…」

 苛立ちを声に出してみるが、それで何かが変わるわけでもない。また一つ寝返りを打って、かぶっていたタオルケットを蹴った。邪魔だ、暑い。もう裸になってしまいたい。クーラーをつければ早いが、出来ればそれは避けたいと思っていた。別にそういう約束をしたとかクーラーが壊れているとか、ペットがいるからそれを気にかけてだとか、そういう理由ではない。ペットは飼ったことがないしな。この夏はクーラー無しで乗りきってやろうという、なんというか意地だ。くだらない話だが意地とは案外バカに出来ないもので…話がずれた。いや、そもそも何の話もしてないか。
 そうしてさらにどれくらいが過ぎただろう。俺はふと気だるさを感じた。ついに睡魔がやって来たのだ。まったく待ちくたびれた。抗う理由も無く、素直に身を委ねる。ああこれで長い今夜ともおさらばだ、明日も暑いだろうが今はとにかくこのくそ暑い夜が終わればいい、まぶたが重くなってきた…眠れる……。
 直後、圧迫感を感じた。
 重くはない。ただ確かに何か…腹に何かが、乗っている。
 慣れない感覚に目は冴え、やっと来た睡魔を逃がしてしまう。そのことにまた言い様のない苛立ちを感じたが、今はそれどころじゃない…なんだこれ、体が、動かない。もしかして金縛りとかいうあれだろうか。怖い。息が詰まる。
 だらしなく空いた口に、薄く目を開けた状態の俺はひどく間抜けな顔だろう。それもどうでもいい。どうやら顔も動かせない。ただ目線だけは、時間をかければなんとか動かすことが出来た。いつもの何倍もの時間と労力を使って、腹の上へと視線を移す。
 何か、いた。
「…っ」
 悲鳴をもらしそうになるがそれもかなわない。喉もひきつっていた。
 腹の上のそれはどうやら猫の形をしていて、漫画によくある老婆だとか髪の長い女性だとかじゃなくて良かったと思う。だって怖さの比が違うどころじゃない。起きて自分の腹にそんなのが乗ってたらどうする? 俺だったら気絶するだろう。間違いなく。



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