A leisure club

□庇護欲と独占欲、相反する似通った要素
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向日葵の顔。
太陽の顔。
えがお。










―――笑顔。










そう、それが見たいだけなんだ。



『庇護欲と独占欲、相反する似通った要素』



泣いている顔が遠ざかる。
涙を堪えた瞳は強い光を宿したまま、
きつく清四郎を見据えると、そのまま部室を後にした。
後には、可憐の苦虫を噛み潰した顔と、
魅録の哀れむように首を振る姿と、
野梨子の呆れたような深い溜息と、
美童の苦笑した顔があった。

「清四郎って、馬鹿だよね」

笑いながら告げる美童の声。

「馬鹿じゃなくて大馬鹿よ」

怒ったような可憐の口調。

「大馬鹿というか、天然じゃないのか?」

紫煙を燻らせながら苦笑する魅録に、

「死ななきゃ治らないんじゃありませんの?」

野梨子の鋭い声が突き刺さる。

ぐっ、と詰まる清四郎の声。
あまりに唐突な友人達の声に、返す言葉が見つからない。
けれど、腹立たしかったのも事実だった。



「…馬鹿と言われる覚えなんか無いんですけどねぇ」

強く言い捨てる声に、友人達から息が零れ落ちる。
哀れむような、怒るような、何とも言えない色を湛えた瞳が8つ。
自分を見据えたまま、離さなかった。

























ドスン。
























音を立てて、ソファーに座る。
友人達の瞳の奥にある彼女の姿を振り払うように、わざと音を立てる。
責め立てられているような、その感覚から逃げるように、わざとそうした。

手元に一冊の本。
先日、確かにこの部屋で読んでいた本だった。

ぺらぺらとページを捲る。

続きが気になっていたはずなのに、今の今まで置き忘れていた事すら気づかなかった。

ちくりと胸を刺す痛み。
その痛みが、無性に自分を苛立たせる。

静かに息を吐く。
けれど胸のざわめきは消えず、それどころか、更に酷くなる。

「何なんだ、一体…」

呟く声に、苛立ちの色が隠せない。
けれど、その苛立ちが何の為なのか清四郎には分からなかった。
ただ、目の前には悠理の泣き顔だけが浮かんでいた。





「重症よね」
「…ですわね」

可憐と野梨子の声が響く。

「何が重症なんですか?」

問う清四郎に、2人の呆れた顔。

「気づかない振りをしている辺り、重症だと言っているんですわ」

告げる野梨子を、清四郎は無表情で見返す。

「知ってる?あんた、すっごく泣きそうな顔してるって」

そんな野梨子の横でくすくすと可憐の笑う声がする。

「誰が…」



―――泣きそうなんだ?



訝しげに腕を組むけれど、彼女達の顔は楽しさで歪んでいる。
あまりに意地悪なその笑みは、清四郎の心をざわつかせる。
彼女達だけが知っていて自分が知らない事実を叩きつけられているようで、
無性に苛立ちを覚える。

「ほら、その顔。まるでオモチャを取られた駄々っ子みたいね」
「違いますわ。言いたい事も言えずにふて腐っている顔ですわよ」

可憐と野梨子の声がこだまする。
けれど、何故だか何も言えなかった。















「…お前ら、いい加減にしろよ」

不意に、魅録の声が聞こえた。
見れば紫煙を燻らせたまま、こちらを見据える顔。
苦笑に歪められたその顔はまるで情けをかけるような、そんな顔に見えた。

「自分の気持ちに気づかない馬鹿なんて庇う事無いわよ、魅録!」

可憐の苦々しい言葉。
その言葉を聞いた魅録は、苦笑するだけだった。



「仕方ないよ、泣かせるつもりないのに泣かせちゃうくらいんだもん」



美童の声。
その声に、可憐の眉がぴくりと動く。

「確かに。泣かせるつもりなんか無いって、あれだけ大きく顔に書いてあればな…」

紫煙と共に魅録の声が吐き出される。
共に頷く魅録と美童に、女性陣の盛大な溜息が聞こえた。

「…そんなの見てれば分かるわよ」

ふて腐れたような声。
突きつけられていたきつい視線は、いつの間にかしょんぼりとした悲しそうな色に変わる。

「泣き顔を見せられて、何にも出来なくて、それでふて腐ってるのなんて、見れば分かるわよ」

―――だけど!

「だったら、何で行動しないのよっ!」

肩で息をする可憐の姿。
そんな可憐を宥めるように、野梨子の手が彼女の背中を撫でる。
野梨子の肩に顔を埋めるような可憐の姿に、痛む胸が締め付けられるのを感じた。

「…みっともないですわね」
「みっともない…?」

野梨子の睨みつける瞳と声。
その声に応えるように呟けば、こくりと頷く姿が見えた。

「守ってやりたいと駄々をこねて、その反面、自分にだけ見せて欲しいと駄々をこねる。
独占欲を振りかざしたいのを気づかれたくなくて、庇護欲で自分を塗り固めてしまう。
………これが、滑稽以外の何だと言いますの?」

野梨子の言葉が理解出来ない。






―――庇護欲と、独占欲。






―――誰が、






―――誰に対して?






心の中で問いながら、一つの顔が浮かぶ。
向日葵のような、太陽のような、眩しい笑顔。
その笑顔を見たいと願ったのに、
あるのはいつも、雨に降られたかのような沈んだ顔。
晴れた空ではなく、どんよりと雲に覆われた顔ばかりだった。

その顔を見たくなくて、

笑顔が見たいと、

ただ、それだけを願った。



「俺達にしか向けられない笑顔が悔しかったんだよな」
「自分にだけ泣き顔ばっかりだったのが寂しかったんだよね」
「違うわよ、どう見ても悠理の笑顔を独り占めしたいだけでしょ」
「自分だけのものにしたかっただけですわ」

口々に発せられる言葉に、思わず耳を疑う。



―――僕が、悠理を?



心の中に浮かんだ疑問に、目を見開いた。
突然すぎる言葉。
あまりに突然すぎるその言葉に、胸の中をかきむしられる。
けれど、いくら抑えつけてもそのざわめきは止まる事を知らず、
ただ、必然であるかのように悠理の顔だけが浮かび続けていた。

























ふぅ、と小さな溜息が口から零れ落ちる。
ソファーに深く座り込み、考えを巡らす。
目を閉じ、頭の中に今欲しいものを思い浮かべた。



―――顔。



顔が見えた。



―――向日葵の顔。



一面に咲き誇る大輪の花。



―――太陽の眩しい日差し。



大声で、飾り気なく笑う顔が見えた。





ぱちりと開けた目に、友人の顔が映る。
覗き込むようなその顔に小さく笑みを零すと、
彼らも安心したかのように、静かに息を吐いた。

「降参です」

ソファーに背を預けたまま、手を上げる。
そんな清四郎の様子に、可憐と野梨子は強張らせていた顔を緩めると、
互いの手を叩き合った。

「連れ戻してきますよ」

熱くなる頬を隠すように告げると、友人達の笑う声が響いた。

「連れ戻すんじゃないだろー」
「いい加減、素直に言えよ」
「そうですわ。私達に向けられる顔ですら欲しがったんですもの」
「そうよねー、あっちこっちで嫉妬されたら溜まったもんじゃないわ!」

そう告げる声は先ほどまでのものとは違い、優しさに満ち溢れている。
まさか、彼らのお蔭で気づかされるとは。
考えを隠すように上げた口角は、苦笑いに近いもので。
清四郎は眩しい仲間の笑顔を、目を細めて見ていた。

口から零れる息は、溜息とも苦笑とも違うもので。
けれど、心のどこかが擽られるようなそんな感じがした。

照れた顔を隠すように、頬を掻く。
そのまま自分の鞄を持つと、後ろに立つ友人達を振り返らずに部室を後にした。





「連れ戻すって言ってなかったっけ?」
「無理じゃない?鞄、持ってたもの」





背中に投げかけられる声は、清四郎の耳には届かなかった。



終。
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