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□美しき月
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    美しき月




 煌めく星々が空一面に広がる。

 冬の澄んだ空気が冷ややかに二人を取り囲み、吐き出す息も真っ白になる夜。

「この星座は、あれかな?」

 手にした青い星座表と夜空を交互に指さしながら、楓が僕に尋ねてくる。

 都内であっても、郊外まで出れば結構な数の星が見えるのだ。

 空に向かって楓が弾んだ声を上げ、星座を見つけるたびに明眸を輝かせている。

 楽しそうにはしゃぐ楓を見ながら、僕は眼を細めた。

 誕生日プレゼントに星座表を貰ってこんなに喜ぶなんて、君ぐらいなものだろう。

 誕生日に欲しいものは?と尋ねたら『一緒に星を見に行きたい』だった。

 そういえば、去年の僕の誕生日にも一緒に星を見たんだね。

 だから僕は、彼女の誕生日に満天の星を用意することにした。

 星座表を贈り物に、こうして約束通り星を見に来ていたのだ。









「流れ星見えるかなぁ?」

「流れ星は一瞬だからね。流星群でも来てれば別だけど…、よく見てないと難しいん
じゃないかな」

「う〜ん…、そうかなぁ。恭弥の誕生日には見れたのに、わたしの時は見れないなん
て、ずるい!」

 ちょっと残念そうに口を尖らす仕草が、何とも可愛い。

 紅茶に口をつけようとした時、「あっ! 流れ星!」と小さな叫び声が聞こえた。

 その声につられて僕が慌てて空を見上げると、「嘘!」と楓がぺろっと可愛い舌を
出した。

「君…、咬み殺されたいのかい?」

 迫力のない僕の科白に、楓は相好を崩してぴたりとこちらに擦り寄ってくる。

 騙された僕は、楓の白い頬をちょんと指で軽くつついた。

 彼女がくすくすと笑いながら左手を口元に添えると、薬指のダイヤが月の光を反射
してキラリと光る。

 その輝きを見るたびに、二人の時間がこれからも続いていくという幸福感に包まれ
るのだ。

 その幸せをもっと感じたくて、僕は寄りかかる楓の肩をそっと抱いてますます自分
に引き寄せた。









 吸い込まれそうに深くて広い、果てしない宇宙。

 こうしてゆっくり夜空を眺めるのも久しぶりだ。

 一人で見る冬の夜空は、どこまでも冷たいて厳しい。

 この世界に一人、投げ出された思いがする。

 だが、彼女が一緒にいるだけで、同じ空なのに彼女の柔らかい胸の中にいる様な穏
やかな夜空へと姿を変えていくのだ。

 雲が風に流されると、先ほどまで朧ろに見えていた月が次第に明るさを増してきた










 静けさの中、二人でじっと月を見つめている。

 綺麗な輝きに盈ちる月。

 楓はあの月と同じだ。

 深い闇を照らしだす、その美しい煌き。

 柔らかくて暖かい、引き寄せられていく明るさ。

 彼女と一緒に見ていると、月の優しさが僕の心に染み渡ってくる。

 そうして僕の心に幸せという言葉が浮かんできて、静かにゆっくりと心が盈たされ
ていく様な気がしてくるのだ。









 隣で空を見上げている楓を見ると、目尻に溜まった涙が光を反射して煌いていた。


〔泣いてる?〕

 綺麗な頬を伝う真珠の雫に胸がどきりとした。

 僕は彼女の涙に殊の外、弱いのだ。

「どうしたの?」

「えっ?」

「泣いてるのかい?」

 彼女の頤に手をかけて、僕は涙をそっと指で拭った。

「あ…、何か…、月を見てたら幸せだなぁって思って…、涙が出て来ちゃったみたい


「? 泣く程幸せなの?」

「うん…。恐いくらい幸せ…」

「……」

 幸せの中にある切なさに襲われて、胸がぎゅっと締めつけられる。

 彼女の手が僕の手に重なってきたので指を絡めると、楓が僕に身体を預けてきた。









 微かな甘い髪の香りが僕の鼻をくすぐる。

 幸せ過ぎて恐いのは、僕も同じだ。

 気がつけば、僕はいつも君のことばかり考えている。

 僕の腕の中で丸くなって眠る君。 瞳を輝かせて毎日の出来事を楽しげに語る君。

 僕のからかいにぷっとむくれる素直な君。

 一日一日と君への愛が深まって、幾星霜が過ぎたのだろう。

 今が余りにも幸せで、もし君が僕の前から消えてしまったらと思うと…、ぞっとす
る。

 そんなことは二度と耐えられない。

 想いが叶う前は、一人で生きていけると思っていた。

 でも今は違う。

 君を失ったら、僕は今度こそ気が狂うだろう。


〔君も同じなんだよね? 君も…、僕を失ったら恐いと思ってくれているんだよね?










「ずっと一緒にいようね…」

 そう囁く僕の腕の中で、楓が小さく頷いた。

「わたしね…、産まれてきて…、恭弥に出逢えて…、本当に良かった…」

 僕は彼女を抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた。

「僕もだよ…。僕こそだよ、楓…」








 君と出逢えて、僕はこんなにも幸せだ。

 この僕が存在しない神に感謝するなんて信じられないことだが、君はきっと神様か
らの贈り物だと思う。

 君がこの世に産まれてくれてよかった。

 心からこの日を祝うよ…。








「楓、誕生日おめでとう」

 楓の冷たくなった唇に唇を重ねると楓が僕の首に手を廻してくる。

 僕達はしっかりと抱き合った。

 合わせた唇から彼女の僕への想いが伝わってきて、心と心がゆっくりと繋がってい
く様な気がする。

 夜空に浮かぶ月の輝きが、柔らかく僕達二人に降りそそいできて心地よい。

 月は楓に重なり、僕は彼女に守られている様な、そんなやすらぎに満たされている


 楓の頬を包み込むと、彼女は僕を見上げて微笑みを返してきた。









 昔は、君がいつか僕の手の中から飛び去っていくのではとないかと恐怖し続けていた。

 でも、今の僕は違う。

 僕は君と共に羽ばたいて行きたいと思っている。

 君と同じ世界に生き、同じ夢をみて歩いていきたい。

 君を愛してる。

 君に出逢えて…、僕は生まれ変わった。

 僕の世界は今、光と夢に満ち溢れている。

 君がすべてと誓う、この世界の中で…。

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