屋上
□狂信
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「本当は気づいてた癖に」
家の手前で、ポツリと呟いた雅人の台詞。
その台詞の意味に気づいている事さえ、私は答えられなかった。
あぁ、
馬鹿になってしまいたい。
言葉の意味も理解できない位に。
食べて、動いて、眠って。ひたすらそれだけの繰り返しに疑問を持てない位に。
生きる意味なんて、生まれてきた意味なんて、考えなくてすむ位に。
「紗耶香っ」
バタバタと慌ただしく扉を開けて名前を呼んだのは……私のカミサマ。
「何してたのっ!普段より帰りが25分も遅かったわ。今日は塾がある日だってわかっているでしょ!?この1分1秒で差がついたらどうするの?落ちこぼれなんかになりたくないでしょ?ねぇ貴女のためなのよ。成績表は帰ってきたの?」
あぁ、お母さん。
どうやら私はアナタの嫌いな“落ちこぼれ”のようです。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
私は―――…
「“貴女のため”ね」
勢いよくまくし立てた母に、嘲笑うような声音を投げたのは、もちろん私ではなくて雅人だった。
「素直に自分の為って言ったらいいのに」
「な…なんなの?貴方」
暗く、冷たい…深海のような不思議な声音で、言葉を紡ぐ。
もがく事さえ諦めてしまいそうになる深い闇が、すぐそこまで浸蝕してきているようだった。
「自分の娘より大事なのは世間体。出来ない娘が傍にいると苛々する。反抗されれば腹が立つ。紗耶香が自分の思い通りに動かないと気が済まない。子供を押し付けて逃げてった旦那を許せない。旦那に似た紗耶香が幸せそうに笑っているのが許せない」
「何を言ってるの?私は…」
「娘を愛せた事なんて一度もない。だけど放り出して自分まで旦那と同じだらし無い人間だと思われたくない。引き取ったのは意地と憎悪。そんな子供を育ててやっただけ有り難いと思って欲しい。愛なんてとっくの昔に枯れ果ててる」
「っ私はこの子の為に―――」
「だけどあからさまに虐待したり八つ当たり出来る程、理性がない訳でもない。だったらせめて自分のステータスを上げる道具にでも仕立てればいい。子供が泣こうが苦しもうが知った事か…」
「私はこの子の母親よ!この子が将来道を間違えない為に、どれだけ努力してきたと思ってるの?!それをっ」
「お母さん…」