屋上

□遊惰
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“怖い”?

見捨てられる事が?
呆れられる事が?


生きていく事が?



「………」



いっそのこと捨ててしまえよと、自分勝手にもそう思う。
僕がそう思うのは多分、沙耶香本人がそう願っているから。

雲一つない青空に、煙草の煙が揺らめいて上がる。
無駄に多い木々の間から、絶え間なく蝉の鳴き声が聞こえていた。



ねぇ、

君の好きなものはなに?
君の嫌いなものはなに?
今、一体何を望んでいる?

愛されている?
恵まれている?
幸せでいる?

青い顔で俯く紗耶香に、僕は小さく口端を上げた。







エリ・エリ・レマ・サバクタニ
“神よ、何故に我を見せてたもうた”


神に見捨てられたキリストに、彼女は自分を重ねていた。



空っぽな紗耶香の中に“母親の言い付け”以外で動く理由は何一つない。
言われた事に従い、ただその命令を受け入れるだけ。
そこには1つの疑問も生じない。
幼い頃から厳しくしつけられてきた彼女は、きっと数え切れない程の我慢を重ねてきたのだろう。
理不尽な状況に憤りも感じない程。
自分のしたい事さえ見つからない程。
痛みも苦しみも麻痺する程。
ソレは幸福?









手放せない物なんて、ひとつでもあるの?


親も。友達も。学校も。日常も。
きっと自分自身でさえも。


手放せないものなんて、何ひとつない。




「紗耶香」


呼ぶと、俯いていた彼女の目が、僕の視線と絡み合う。

「何が、怖い?」

一言、一言。区切るように。


「………」


彼女は口を開いて何かを喋ろうとしたきり、結局なにも話さなかった。

けれど何かを乞うような紗耶香の目がその答えを語っていた。



助けて。
助けて。
助けて。

聞こえるのは悲痛な叫び。





「…………」














長い長い沈黙をおいて、僕は彼女から視線を外した。



「………うん…」

「…………」

「…わかった」

「…………」




 
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