屋上

□哀願
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救いはあったの?








「……………」


閉じた参考書を鞄にしまって、今度は単語帳を取り出した。





「にしても、良くそんなこと知ってるね」


どうでも良さそうに、雅人が煙草に火をつける。


私も視線を文字に落としたまま、言った。


「たまたま、だけどね。もともと知識を頭に入れるのは好きだったの」






いつからだろう?
ただ“好き”だけで動けなくなったのは。

いつからだろう?
追われるように競争して、少しも休めなくなったのは。




『1日だって休んじゃいけないわ』

『その間に追い越されるの』

『油断しちゃ駄目よ』

『周りに隙なんか見せないで』




いつからだろう?
勉強が義務になったのは。

いつからだろう?
母親に敬語を使うようになったのは。









 
「昔はただ、笑って欲しかっただけなんだ」

「………」

「良い点取るとお母さんが喜んでくれるから。少しでも笑っていて欲しくて。ただそれだけで頑張ってたのに…」







勉強して。
成績を上げて。
良い高校に入って。
良い大学に入って。
良い就職先を見つけて。
今度は良い旦那を見つけて。
優秀な子供を産んで。
優秀な学校に行かせて。


それで?











『もっともっと頑張って』

『貴女の為なのよ』

『こんな点数じゃ足りないわ』

『貴女は少しでも成績を上げる事だけ考えなさい』

『誰より良い人生を送れるように』






お母さん。
人より良い人生って何ですか?

それを手に入れなければいけませんか?
それが“幸せ”ですか?
どれだけ頑張れば手が届きますか?
いつになったら安心できますか?






「………」





お母さん。
“苦しいです”と、
弱音を吐いたら受け取ってくれますか?





 
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