屋上
□救済
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side:裕司
そのとき俺は、生きたかったのだろうか?
仕事でほとんど帰らない父。
ヒステリックな母。
無くなった上履き。
破かれた教科書。
落書きされた机。
それが俺の世界の全てだった。
『くすくす…』
俺が何かをする度に(例えば黒板にかかれた俺の落書きを消している時とか、ゴミ箱に捨てられたカバンを拾っている時とか)教室中から聞こえてくる笑い声。
その声は、俺の存在を笑っているようで。
まるでバカにされているようで。
世界中から否定されているようで。
俺はいつも下を向いて歩いていた。
「ま、確かに小学生のうちって学校と家が世界の全てみたいな所あるからな」
自嘲気味な自分の声が、空に上がる。
目の前の仏頂面は偉そうにフェンスへ寄りかかってタバコに火をつけた。
フー、という小さな吐息と共に白い煙が空へ上がる。
「だから?」
特に興味もないけれど。
とでも言うように、雅人は俺の方を見もしないで聞いてきた。
雅人の黒い髪がサラサラと風に揺れる。
「今朝のニュース。見た?西女の生徒自殺ってやつ」
「あぁ、知ってる」
西女と言うのはこの学校の近くにあるかなり偏差値の高い女子校の事だ。
いじめや成績の低下でノイローゼ気味になり、自殺したらしいと…今朝のニュースで映されていた。
「俺も、あんな風になってたのかもなぁ…って」
「………」
「ふと、思ったりして」
「………」
雅人は何も言わずに煙草を差し出した。
俺はそれを受け取って火をつける。
死んでもいい、と。
思っていた時期。
世界中に笑われて、苦しかった時期。
雅人がいてくれなかったら、きっと…死んでた。
俺は生きているけど、今も死にそうな人間は存在するんだ。
死んでいく人間も。
苦しんでいる人間も。
「運…なんだよな、きっと。努力でも何でもなくてさ」
救いがあった人間と、無かった人間。
それを考えると未だに自分は怖くなるんだ。