屋上

□哀願
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side 紗耶香








蝉の声が、酷く五月蝿かった。
蒸し暑い空気が、じっとりと身体に絡みつく。


パラリと参考書のページを捲りながら、私はゆっくりと空を見上げた。
文字を読み続けていたので首が痛い。

夏の空は青く高く、雲は真っ白に太陽の光を映していた。





「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」



広く高い空に向けて、なんとなく、そう呟く。


「それ、何の呪文?」


いつの間にか私の隣で煙草を吸っていた雅人が尋ねた。




「磔にされたイエス・キリストが、最後に叫んだと言われている台詞よ」



あれから、この公園で彼と顔を合わせる事が多くなった。

ベンチと空間と緑しかない、寂れた公園。



「“我が神よ、何故に我を見捨てたもうたのか”」



きっと人に見捨てられたこの公園のように、キリストも神様に見捨てられたのだ。
そしてこんな風に寂しく、死んでいったのだろうか。








「雅人」

「…何?」


私は参考書を閉じた。
空を見上げていた視線を少し落として、雅人に向ける。


 


「イエス・キリストでさえ神に見捨てられたのに、私達に救いなんてあるのかな?」

「………さぁ?」











神様。
なぜ私を見捨てられたのですか?












キリストはなぜ絶望を叫んだのだろう。

わかりきっていた筈なのに。

理不尽な状況も。
どうにもならない現状も。
叫んでも祈っても変わらない現実も。



救世主には、世界の絶望を飲み込む事ができなかったから?






「………」






未来なんて、
希望なんて、
一体どこにあるのだろう。

イエス・キリストでさえ、最後は絶望を叫んだというに。



「でもその台詞ってさ」

「え?」

「助けを求めてるみたいだよね」

「……」


雅人は当たり前のように、ソレこそ何でもないことのように、呟いた。








エリ・エリ・レマ・サバクタニ。

“神よ、神よ、何故に私をお見捨てになったのですか?”



絶望の裏側の救難信号。

“助け下さい”
“救って下さい”

“どうか私を見捨てないで”






「そうだね」





そこに、希望はあったの?




 
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