屋上

□原点
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side 雅人







こんな暖かく晴れた日は思い出す。


『雅人、私は空を飛ぶの』



青い空。
広い屋上。
頬を撫でる、暖かい風。


『残念だけど、姉さん。それは誰がどう見ても“落ちる”だよ』





そして、笑顔。




『雅人は意地悪ね』

くすくすくす、と。
屋上のフェンスに腰掛けて、無邪気に笑う。その顔は、どこか現実離れしていた。

風に揺れる髪も。
柔らかい声も。
その笑顔も。

まばたきした瞬間に、春の日差しと混ざってそのまま溶けていきそうな。

暖かくて優しくて柔らかくて無邪気で楽し気で、残酷で。




綺麗だね。









面倒臭いね。


『飛ぶって言うのは比喩なのよ』


なんとなく、この笑顔はきっとこの先何年経っても、僕の中に焼き付いて消えない記憶になるだろうと思った。


『正確には、自由になるって意味よ』


姉にとっては自宅よりも長く世話になっている、白い病院。

折れそうなほど細い手足。
日に焼けない肌。



『自由?』


まるで人形みたいだ。



 

『そう。この清潔で無機質な私を閉じこめる檻から抜け出すのよ』


人形は言う。


『くだらない常識も。つまらないルールも。規則だらけの生活も、もううんざり。私は私から抜け出すの』


人形は言う。


『大人になったって楽しい事なんか何もないわ。みんな言うもの。“昔は良かった”って。ねぇ、今私は楽しい事なんか一つもないのに、きっと将来同じ事を言うのよ?“あの頃が良かった”って』


人形は言う。
人形は言う。
人形は言う。


『状況は今よりどんどん悪くなっていくのよ。年を取れば取っただけ、世界は暗く沈んでいくの』



そして、それは……















『救いなんかないのよ』





まさに呪いの言葉だった。







『…………』



その時の僕に、何が言えただろう。

そして今の僕なら、何を言うのだろう?



『愛してるわ、雅人。だけど私は先に逝くね』




面倒臭いね。
生きるってのは。







『バイバイ。大好き』







 
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