脳内風景

□カノジョ
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 「ねぇ…死んで?」
 「分かった」

 それが僕等が交わした最後の会話。その日の夜、彼女は自殺した。
 いや、本当に自殺だったのかな?
 多分そうだと思う。
 夜道トラックに突っ込んだらしいから。
 多少お酒も飲んでいたし、遺書も動機もなかったせいで、警察は“事故”と判断したようだが…僕は、やっぱり自殺だと思う。
 例え社会的には、ソレが“事故”と判断されようとも、ソレが“自殺”である事は自明の理だ。
 だって彼女は言ったのだから。

 『分かった』と。

 彼女が僕の期待を裏切る事はなかったんだ。今までに一度も。
 彼女は何でも出来る女だった。しかもソレを鼻にかけた事が一度もない。
 僕がアノ店で食べたアレが食べたい。なんて無茶な注文をしても、彼女は無表情でソレを実行した。そして期待通り、否、期待以上のモノを作り上げてみせるのだ。僕の部屋のキッチンで!
 もはや化け物と呼んでいい。彼女はそれ程に、たぐいまれなる天才だった。
 彼女が何か失敗をする所を、僕は未だかつて見た事がない。そしてこれからもないだろう。永遠に。
 何故って?
 彼女は死んでしまったから!



 彼女の葬式の間中、僕はずっと考えていた。
 ああ、何でこんな事になってしまったんだい?
 彼女は何だって出来た。
 普通の人間はきっと、年を重ねていくごとに“可能性”が潰されていくんだろう。僕もそうだ。人生は消去法で進んでいく。アレも駄目。コレも駄目。残った選択肢の中から何とかまともなモノを探し出す。
 でも彼女は違う。
 彼女は生きるごとに可能性が広がっていくんだ。
 ああ、こんなモノがあったのか。
 ああ、こんな事もできたのか―と。

 小説を書いた。
 驚いた事に、読書嫌いの僕が一気に読んでしまった。素晴らしい内容だった。
 唄を歌った。
 聞き惚れるなんてモノじゃない。他の音なんてすべて雑音にしか聞こえない声だ。
 絵を描いた。
 まるで写真を見ているかのような油絵。筆のタッチを生かした水彩。全てのモノが、素人の僕にもわかる程に完璧だった。
 全てにおいて、彼女は“天才”だったのだ。
 

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