脳内風景

□壊れた家
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俺の娘は、少し大人びていると思う。
別に悪い事ではないけれど、その「大人」ってやつは時折痛々しいほどの我慢を強いたりどうしようもない現実を見せてしまうものだ。まだ小学生の苺は、既に苦い現実を知っていた。痛い時に痛いとも言えないで、苦しい我慢をいつもさせていると思う。
「苺は頭のいい子だね」
「パパ?」
いつかこの子は、自分の頭の良さを恨む事になるかもしれないな。娘の柔らかい髪の毛を撫でながら、不意にそんな戯れ言が浮かんだ。
苺はそんな俺を見上げながら不安そうな顔をする。その言葉に含まれた不穏な空気を感じたのだろう。この子はその場の空気や、人の気持ちを感じ取る事が得意な子だから。そして誰よりも優しい子だから。
「うん。苺ね学校のテストほとんど百点なんだよ」
苺が笑った。
人を気遣って作ったこの顔は、何となく俺に似ている気がする。
「パパどうしたの?具合悪いの?」
もう少し天真爛漫に育って欲しかったな。そんな馬鹿馬鹿しい“今更”に苦笑して、俺はしてはならない質問をした。
「苺はママのこと好きか?」
苺が大人だから、油断したのかもしれない。
「…うん」
苺が子供だから分からないと思ったのかもしれない。
「じゃあ例えば…」
とにかく、俺はすぐに後悔した。

「例えばママが、苺を嫌いでも?」

一瞬で空気が凍った。
「っ……」
息を呑んで、大きく目を見開いてなお何かを話そうとする苺に自分がどれだけ酷な質問をしたのか思い知らされた。
これはエゴだ。
答えなんか知ってる癖に、ちゃんとした言葉で安心したかっただけの…相手の気持ちを無視したエゴ。
「ごめん苺、もう」

「わっ…私は――‐」

その時の…苺の言葉と表情を俺は生涯忘れないだろう。
今にも泣き出しそうな、縋るような、あの――‐





 
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