脳内風景

□ロジック
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「恋なんてね、錯覚なのよ」


日に透けた栗毛色の髪を揺らして、目の前の先輩はそう言った。

一心不乱にキャンバスと格闘する先輩の姿は、それこそ絵になるくらい綺麗で。
私は意味もなくこの美術室に足を運んでは、この絵になる光景を眺めているのが好きだった。


「錯覚?」

「そう。錯覚」


この学校の美術部はなぜか部員が先輩だけで、顧問の先生すら部室に顔を出すことはない。
それでも廃部にならないのは“美術部”がどの学校にもある王道の部活だからだと思う。



「まるで運命のように60億人の人間の中から相手を選んだように言う人もいるけど、違うのよ。単純に自分の周りから選んだだけ。もしこの学校に10人の生徒しかいなかったら、人はその10人の中だけで恋ができるのよ」


先輩はカラフルな色を作りながら言う。
全くこちらを見ずに話すから、私がいなかったらまるで独り言を言いながら作業しているようだ。


「運命的に出逢ってるんじゃない。出逢った人の中で選んでいるだけ」

白かったキャンバスに命を吹き込みながら、先輩は続ける。


「例えば人には返報性というモノがあってね、例え望まないプレゼントでも、何かを貰ったら何かで返そうとする性質があるの。好意もそう。誰かから好意を貰ったら、同じ分だけ好意を返したいと思ってしまうのね」

「それは…つまり“好き”ってアプローチしたら、相手が自分を好きになってくれる確率も上がるって事ですか?」

「…そうね。勿論やりすぎは禁物だけど。貴女にもないかしら?買い物に行って店員さんに捕まった時、余りに熱心にすすめてくれるから買わなきゃいけないような気分になった事」

「あ、あります」

「あれと同じね。私達は熱意や好意や、その店員さんの手間や時間を貰っている訳だから、何かで返したいと思ってしまうのよ。もっと単純に言うと、セールスマンがセールスをする前にお客さんに缶ジュース1本奢るのと奢らないのとでは、契約を取れる確率も変わってくるんですって」

「へぇ…」


恋愛否定論者の先輩には、当然のように彼氏がいない。
こんなに綺麗なのに勿体ないことだ。

真っ白かったキャンパスは段々とその姿を変えていく。
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