脳内風景

□鈴
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時計は既に午後二時を指している。
僕も鈴も、まだ眠る気配は全くない。
「明日には帰っちゃうんだよね」
「まぁな。学校始まるし」
「…楽しかった」
「うん」
眠ってしまうには時間が惜しくて、僕等はいつまでも語らっていた。
「雨…」と呟いたのはどちらがだったか。気づくと窓の外にシトシトと雨が降り始めていた。
「出よっ?外♪」
そう言うと、鈴ははしゃいで行ってしまった。
「ちょ…おいっ!風邪ひくだろーが…もうっ!!」
ヒタヒタと忍び寄る死の影が、雨足に隠れて僕らを見つめていた。
 
   ◇◇◇
 
ザ―――――…‥

「綺麗」
鈴の濡れた前髪から、雨粒が落ちて頬を伝う。ひたすらに空を見上げる鈴は、当然そんな事へは無頓着。
僕は少し離れた所で、ただ黙って鈴を見つめていた。
ポツリ、と…上を向いたままの鈴が言った。
「ずっと考えてたの」
おもむろに、鈴の右手がポケットを漁る。
取り出されたのは、折りたたみ式の小さなナイフ。
「結城に、忘れさせない方法…うちを絶対思い出させる方法…」
それはうっかりすれば雨音に隠れて聞こえなくなってしまうような小さな声。
ザァザァ降り積もる雨音と、周りを取り囲む紫陽花が、鈴を一層儚く見せる。
雨と、ナイフと、紫陽花が、奇妙に鈴を引き立たせていた。
「…鈴?」
僕等の周りに咲き誇る、青い青い紫陽花の花。
その中で一心に上を見上げている少女。
「ずっと隣に…いられる方法……」
鈴は、まだこちらを見ない。
「泣いてるの?」
ただ雨に打たれて立ち尽くす鈴。
その姿があまりに儚げで…
あまりに悲しくて…
鈴に、こちらを向いて欲しかった。
「結城」
フッ、と。鈴の目線が下へ落ちて僕の視線とかち合った。
この世の終わりの様に、諦めきった目。
一分一秒でも惜しむ様な…あの微笑み。
「ごめんね」
「……鈴…お前」
瞬時に、鈴が何をしようとしているかを悟った。
鈴の細い首筋にあたる、ナイフの刃先。
「大好きだよ?結城…」


鈴は泣いていた。
涙も流さず
微笑みを浮かべて
それでも確かに
泣いていたのだ。

壊れた笑みで…

「やめっ…」
その言葉が形になる前に、鈴の手が素早く動いた。
 
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