脳内風景

□鈴
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もうすぐ昼時だ。
ジャンケンにより真っ先に食事当番を免れた僕はソファに寄りかかり、一休み。
隣ではまだジャンケンが続いている。
白熱した勝負の声を遠くで聞きつつ、僕は少し前の…鈴との会話を思い出していた。
窓の外に咲き誇る、青い紫陽花を見つめながら…。
 
   ◇◇◇
 
「今度行く別荘って、どんな感じなのっ?」
旅行一週間前のデート中、ウキウキした声で鈴が尋ねた。
「一言で言うと、紫陽花が綺麗な場所だよ」
「へぇ〜梅雨時にぴったりだね?」
僕は黙ってその笑顔を見つめる。
「楽しみ♪」
繰り返し繰り返し、脳に焼き付ける様に。何があっても忘れないように。
「…鈴」
「何?」
密やかに、沈黙が僕等を蝕んでいく。
鈴の笑顔が、微かに歪む。そして一言、言葉を紡いだ。
「…大好き」
僕は、鈴のこの言葉を聞く度に苦しくなる。
鈴はいつでも、この世の終わりの様に…この言葉を呟くから。
一分一秒でも惜しむ様に。何があっても後悔しない様に。
だから思い知らされる。
僕は無力だと。

「紫陽花…期待しとけよ?」

鈴が、笑った。
どっちが励まされてるんだか。
「ね、紫陽花って何色?」
何事もなかったかの様に微笑む君。
「青だよ。綺麗な空色」
これだから、僕は鈴が好きなんだ。
「結城、紫陽花好きなんだ?」
「うん。多分、僕が一番好きな花だよ」
そう言うと、鈴はまた嬉しそうに笑った。

   ◇◇◇
 
「にしても、本当に綺麗よね。ここの庭」
突然後ろから声をかけてきたのは、薫子だった。
僕の意識がハッと現実に戻ってくる。
「ああ、この季節だったら絶対ここだと思ったんだよな。庭一面に紫陽花が咲いて…綺麗だろ?」
「本当ね。真っ青な空色が、透き通って…ってアンタ他にも別荘もってんの?」
薫子の質問に僕が肯きかけた丁度、その時。
「ちょぉーっとソコ!何いい感じの雰囲気醸し出してんのよっ!?うちらが一生懸命お昼ご飯作ってるって時に!」
鈴がオタマを持って乱入してきた。どうやらジャンケンに負けた様だ。
単に薫子と庭の花を眺めてただけなのだが…一体何がそんなに気に入らないのか、鈴はかなりご立腹だった。
「どうしたんだ?」
「どーもこーもないっつーのっ!結城チョモランマ上って海底に沈めっ!!」
「いや、訳分からんから」
鈴は相変わらずハイテンションで意味不明に面白い。
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