脳内風景

□最後の空は朱い空
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空の上の日が、静かに傾き始めている。
「怖い?」
少女は初めて、窓の外から視線を外し、青年の方を見た。
「ソレがどれだけおかしな事でも…どれだけ愚かしい事だと分かっていても。怖いのだと思う」
少女はソレを聞いて黙り込んだ。変化は常に身近にあり、生きる事は変化するという事…成長するという事だ、と、少女は心の中で考えた。
常につきまとうその影を、怯えて暮らすとはどんな気持ちだろう?
「いつから、そんな事を思っていたの?」
「さぁ?しいて言うなら、生まれた時から…」
少女には青年の気持ちが全く分からなかった。
「今日の夕焼けは…綺麗かしら?」
大した意味もなく、何となく呟いた台詞。
「分からないけど、きっと特別朱い、忘れられない夕焼けに」
日は、もうかなり傾いていた。
ドアノブに手を伸ばした青年へ、少女は最後の疑問を投げかける。
「何も出来なくなっちゃうのよ?考える事すら…分からないわ」
「分からなくていいよ。でもそうだね、少し説明すると…それにも疲れたんだ。変わる事も。恐れる事も。何かを考える事すらも。もう何もかも…疲れたんだよ」
そう言って微笑み、青年は部屋を出ていった。
一人きりになった少女は、朱く染まり始めた空に目を向ける。
「死ぬ直前の空は…朱いのかしら」
受け取り手のない呟きは、沈黙の中にぽつりと落ちた。


***


しばらくして、空を眺めている少女の視線に、黒い影が通り過ぎた。
朱い夕日を背に浴びて、逆光が眩しく顔は見えないが、見なくても分かる。
ただ、その黒いシルエットだけは妙にくっきり浮かび上がり、少女の目の奥へ焼き付いた。
少女はあえて窓の下をのぞき込む事をしない。
窓の外を眺め、ただ朱く照らされた雲と、夕日と、黒い影と…それから兄の微笑みを、繰り返し繰り返し思い返す。
朱く輝いた特別な空を、少女はいつまでも眺めていた。



 
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