*太陽の扉*

□川の流れのように
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春に、食べもしないのに、筑紫を袋いっぱいに摘んだことを思い出した。
蓬やふきのとうと言ったものを見つけるのは得意だったが、道に生えている草というイメージと、苦そうな匂いが苦手だった。

「あんまり食べると、お腹壊しますよ?」

「腹は強い」

セセラギさんがものすごく誇らしげだったから、それ以上反論をする気になれなかった。

「あと、夏もいい。川に入れる」

「川に入るんですか?」

「たまに」

これにはびっくりしすぎて、声が上ずった。
いくらなんでも、この澱んだ川に入るのには抵抗がいると思う。
余計に汚れそうだ。

「あとは、家に借りに行く」

「家?」

私が聞き返すと、安藤と人の苗字らしき言葉を口にした。

「お友達ですか?」

「……ああ。嫌なやつだが、いい奴だ」

セセラギさんが、嬉しそうに言った。
きっと、とても仲がいいのだろう。

「お友達がいるなら、その人の家に住まわせてもらえばいいじゃないですか」

「それは、迷惑がかかる」

ずいぶんと律儀な人だと思う。
セセラギさんの中で、何処から迷惑がかかる基準なのかはっきりしないが、それでも誰かの世話になるのは嫌いらしかった。

「偉いんですね」

私がポツリと言うと、セセラギさんの頭の上に、ハテナマークが浮かんだ。

「セセラギさんは、優しくて、いい人だと思います」

「俺は、イイヒトではない」

セセラギさんは即答した。
怒っているようにも、悲しそうにも見えた。

「ごめんなさい」

その顔が見たくなくて、頭を下げた。

「君が謝ることはない。ただ、俺はイイヒトではない…」

そう言う声が、とても苦しそうだった。
その場に居た堪れなくなって立ち上がった。

「あの、今日はもう帰ります」

「……そうか」

頭を下げると、私は逃げるようにトンネルを抜けた。
ひんやりとした空気が私を包む。
しばらく走って、トンネルの中の焚き火の灯りが小さくなった頃、私は足を止めた。
何だか複雑な気分だった。
雪は、まだ止まずに降り続いている。
横を流れていく川が、夜の闇を飲み込んで、暗くねっとりと流れてゆく。
空を見上げても星は一つも見えず、白っぽい厚い雲が空を覆っているだけだった。
私は、マフラーをきつく巻きなおすと、ゆっくりと歩き出した。
白く、冷たい雪が、私の心まで降り積もってくるかのように思えた。




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