*太陽の扉*
□川の流れのように
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お世辞って分かっていても、嬉しいものですよと言う。
「免許を取ったら、自分のカフェを開くんです。て、それは父の夢なんですけどね」
えへへ、と笑った。
何となく、胸がずしりと重くなった気がした。
「父親の?」
私はコクリと頷く。
「はい。本当は家庭裁判所で働きたいんです。料理は好きだけど、今は何か違う」
その人は黙って聞いていた。
「私、人間って嫌いなんです。自分の事ばかり考え
て、みっともないと思うんです。だから、どうなったっていい」
「でも、人が傷つくのはもっと嫌い。だから、そういうのなら人と関わるのも悪くないかなって」
「そうか」
その人はただ、それだけ言った。
何でこんな話をしているのだろうと思った。
名前も知らないホームレスに。
「そういえば、名前…」
まだ、自己紹介もしていないことに気づいた。
こんなに話し込んで、今さらな気もした。
「私は、美紀って言います。美しいに世紀の紀」
親から、そういう風に感じを教わった。
それはずいぶん昔のことなのに、それだけは覚えていて、いつも使う。
「それから、そこの犬はケンって言います」
犬と書いてケンと読ませる。
私が小さい時につけた名前だから、とても簡単で単純な名前だ。
「さっき聞いた」
「そうでしたね。あの、良ければ名前教えていただけませんか?お話するのに名前が分からないと不便でしょ?」
その人は尋ねても黙ったままだった。
きっとホームレスはそんなものなのだろうと思った。
ニュースとかドキュメンタリーで聞く、ホームレス人たちの名前は何だかニックネームみたいなものだから。
「じゃあ、私が勝手に付けてもいいですか?」
何だか、新しい動物を前にしたような気分だったが、その人は反論もしないので、そのままにした。
しばらく考えてから、思いついた名前を口にする。
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