*太陽の扉*

□川の流れのように
3ページ/27ページ

皿など無かったから、皮をむいて、白い実を露にした姿のままだ。
少しだけナイフで切り落として、それを犬に上げる。
犬は勢い欲食べにかかったが、その人も負けず劣らず、すごい速さで食べ終えた。
まるで、租借をせずに丸のみしているように思った。

「お腹、すいていたんですか?」

驚き、半ば呆れるように訊ねる。
その人は黙ったまま軽く頷いた。
口の周りと、汚れたコートに林檎の果汁が付いていた。

「今度、何か持ってきましょうか?」

「いい。迷惑がかかる」

意外と常識があるのだな。
断られるとは思っていなかったから、驚いた。
今日は驚いてばかりだ。

「そんな事、無いですよ。じゃあ私のおごりって事で」

「おごりは嫌いだ」

「じゃあ、私の手作りとかは? それなら別にいいでしょ?」

その人は考えるように黙り込む。
トンネルの中に響いていた声がやんで、車の行きかう音が急に大きくなった気がした。
自分でも、どうしてそんなことを言ったのか理由が分からなかった。
そんなに人と関わることは好きではない。
きっと、それだけ気分がよかったのだ。

「俺はお前に、何もしていない」

また、その人がポツリと言った。
主語がなくて分かりにくかったけれど、きっと手作りを貰うような義理は無いと言うことだろう。

「良いんですよ。私の気持ちです」

「私、たぶん今日は気分が良いんです」

「たぶん?」

「はい。気分がよくなかったら、こんな所まで来ません」

その人は、そうか、と言った。

「それに、私将来はパティシエを目指しているんです。だから料理ならそれなりに出来るんですよ?」

林檎を食べ終わった犬が、切り落とされた林檎の皮に鼻を近づけている。
それを見つめ、毛並みを確かめるようにそっと撫でた。
犬は食べても良いという了解と判断したらしく、皮を口にくわえた。

「私、自分で作った料理を誰かが食べて喜んでくれるの嬉しいから」




.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ