本編
□act9-1 夏合宿。〜執事と恋〜
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時刻は6時30分。
夏とはいえ早朝の風は冷たい。
「起床時間を過ぎています、お嬢様。」
「んん〜……」
カーテンと窓が開いた音が聞こえ、覚醒一歩手前まで意識を浮上させた乃々胡は、布団の外に投げ出していた腕に張り付く、ヒヤリとした空気に小さく唸る。
「お嬢様、起きて下さい。もう6時30分でございます。」
「イヤよ……休みなんだから、まだ、眠っていたい……」
ベッドの中はとても心地好くて、まだ眠い乃々胡は肩を揺らす執事の手を振り払うと、腕を布団の中に潜らせ小さく丸まった。
「お嬢様……」
そんな乃々胡に向かう言葉は困惑が強く滲んでいて、乃々胡は眠りながらも違和感を覚え眉根を寄せた。
この程度で弱気になるなんて虎嗣らしくない。
いつもみたいに大声出したり、布団を引き剥がしたりすれば?
そうしたら意地でも起きないのに…
「どうした?」
「それが……」
「ん?……あぁ、なるほど。仕方のないお嬢様ですね。」
執事たちの会話を聞きながら考えているうちに、眠気は徐々に遠退いていき、乃々胡の意識をハッキリとさせていく。
あれ、虎嗣の他に誰か……
思考が一回停止して、それから乃々胡はガバッと飛び起き
「てゆーか、虎嗣じゃないっ!」
ベッド脇に控えている執事2人に視線を向けた。
「………」
髪がボサボサで困惑している乃々胡と目が合った執事たちは、一瞬目を丸く見開いていたが、顔を見合わせるとヤレヤレと肩を竦めてから、姿勢を正し深々と頭を下げた。
「はい、違いますよ。森崎と華朔でございます。」
悪戯っぽく微笑み自分と相手の名前を改めて告げるのは、執事養成科3年の森崎 小吉。
「お疲れの所申し訳ございませんが、起床時間でございます。」
その横では、執事養成科2年の華朔 笑顔(はなさく えがお)がニッコリと笑っている。
華朔の表情は爽やかで優しく、彼の穏やかな人柄を映し出していた。
執事たちを見て自分の置かれた状況を理解し、カッと一気に顔を赤くした乃々胡は、掛け布団を口元まで持ち上げて顔半分まで隠した。
「お……おはよう、ございます……」
それからようやく朝の挨拶を口にすると
「おはようございます、お嬢様。」
執事たちが声を揃えてそれに答えた。
乃々胡が今いるのは理事長所有の別荘、今夏の執事養成科生徒たちの合宿先となっている場所だ。
学園に集合し理事長はじめ執事養成科教師たち引率のもと、リムジンバスに揺られ更に専用フェリーに揺られてここまでやって来た。
この別荘は陸地から離れた島の上にあるのだ。
ここは『海の上に浮かぶ楽園』と呼ばれ、ありとあらゆるレジャー施設が完備されたリゾート地。完全会員制で、島に上陸するには厳重な警備を通過しなくてはいけない。会員でないものが入るには、会員が事前申請し当日も付き添う必要があり、素性の分からない人間は、絶対に島に足を踏み入れる事が出来ない仕組みになっている。
学園関係者の別荘は片手で数える程度しかなく、例え執事養成科生徒目当ての女子生徒が合宿場所を探り出せたとしても、島に入る事は叶わない。
そのため合宿場所としては最適で、トラブルが発生した事は1度としてなく、今までも何度か合宿に使われている場所だった。