本編
□act7 夏がはじまる。
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「暑…」
乃々胡が学園の車寄せに降り立つと、夏の日差しが朝からジリッと照りつけていた。
「はい、お嬢様。」
差し出しされた日傘と鞄を受け取ろうとすると、虎嗣が心配そうに乃々胡を見つめていた。
先日の事件の顛末を聞いてからというもの、毎日がこんな有り様だ。
「虎嗣、また…なの?」
乃々胡は呆れ顔で、オーバー過ぎるため息を吐き出した。
「…やはり特別に許可を頂き、自分がお嬢様の警護を…」
「…あのねぇ、昨日もその前も言ったけど、虎嗣みたいなのがウロウロしてたら、他の生徒さん達がびっくりしちゃうでしょ?」
「でしたら夕べ閃いた名案がございます。生徒に紛れる為に自分も制服を!!」
「…」
あまりの暴言(?)に乃々胡は絶句した。元々想像力豊かな脳内に、我が執事の制服姿が形成されようとしていた。
「うわわわわ〜〜〜〜!!」
乃々胡は慌てて頭上に向かって手をバタバタと扇がせた。
「お嬢様?」
「絶対に許しません!!悔い改めなさい!!」
「く、悔い改め…でございますか?」
「そうよ!あ〜危ない!」
乃々胡は虎嗣から日傘と鞄を奪うと、くるんと踵を返して校舎の方へ駆け出した。
エントランスに近づくにつれ、逆に歩いて行く人波が溢れ出していた。
これは[学園の王子様の登校時間]が近づいている空気。試験期間中はあれだけスムーズに通れたのに、今は押し戻される勢いになっていた。
乃々胡はしまったと思ったが、完全に流れに飲まれてしまっていた。
「ちょっ、ちょっとスミマセ〜ン!」
そんなセリフを誰も聞いている筈もなく、乃々胡はどんどん流されていく。以前にもこんな事があったと後悔しかけてると、急にフッと体が宙に浮いて流れから抜け出た。
助かったと思ってお礼を言いかけた乃々胡は、思わぬ人物に驚いた。
「やあ、おはよう。以前にもこんな事があったね?」
「あ、確か…藍野先輩?」
「ふふ、覚えてくれたんだ。」
人当たりの良い笑顔。
こんな優しそうな人が、何故あの櫻上或都と一緒になんているのか、前々からそう感じていた乃々胡だったが、改めてボンヤリと見つめながら思っていた。
「…ところで、そろそろ降ろしてもいいかな?」
藍野の言葉にハッとして乃々胡は慌てた。気付けば、いわゆる[お姫様抱っこ]を藍野にして貰っていたのだった。
「うわうわわわ〜ごめんなさい!!」
「ふふ、僕は別にこの状態でも構わないけど…アイツに見られると面倒な事になるかも知れないし。」
「面倒?」
「いやなんでも。」
藍野は乃々胡を降ろしながら、愉快そうにクスクスと笑った。
「藍野先輩、ありがとうございました。」
乃々胡はきちんと頭を下げながら礼を言うと、藍野はクセのある前髪を軽く払ってから頷いた。
「お礼なんて別にいいよ。……そうだ、恩に感じるんだったらコレは貸しにしとくよ?」
「え?」
「また、ね。」
藍野はそう言い残し人波に消えていった。