本編


□act7 夏がはじまる。
1ページ/14ページ




「暑…」

乃々胡が学園の車寄せに降り立つと、夏の日差しが朝からジリッと照りつけていた。

「はい、お嬢様。」

差し出しされた日傘と鞄を受け取ろうとすると、虎嗣が心配そうに乃々胡を見つめていた。
先日の事件の顛末を聞いてからというもの、毎日がこんな有り様だ。

「虎嗣、また…なの?」

乃々胡は呆れ顔で、オーバー過ぎるため息を吐き出した。

「…やはり特別に許可を頂き、自分がお嬢様の警護を…」

「…あのねぇ、昨日もその前も言ったけど、虎嗣みたいなのがウロウロしてたら、他の生徒さん達がびっくりしちゃうでしょ?」

「でしたら夕べ閃いた名案がございます。生徒に紛れる為に自分も制服を!!」

「…」

あまりの暴言(?)に乃々胡は絶句した。元々想像力豊かな脳内に、我が執事の制服姿が形成されようとしていた。

「うわわわわ〜〜〜〜!!」

乃々胡は慌てて頭上に向かって手をバタバタと扇がせた。

「お嬢様?」

「絶対に許しません!!悔い改めなさい!!」

「く、悔い改め…でございますか?」

「そうよ!あ〜危ない!」

乃々胡は虎嗣から日傘と鞄を奪うと、くるんと踵を返して校舎の方へ駆け出した。



エントランスに近づくにつれ、逆に歩いて行く人波が溢れ出していた。
これは[学園の王子様の登校時間]が近づいている空気。試験期間中はあれだけスムーズに通れたのに、今は押し戻される勢いになっていた。
乃々胡はしまったと思ったが、完全に流れに飲まれてしまっていた。

「ちょっ、ちょっとスミマセ〜ン!」

そんなセリフを誰も聞いている筈もなく、乃々胡はどんどん流されていく。以前にもこんな事があったと後悔しかけてると、急にフッと体が宙に浮いて流れから抜け出た。
助かったと思ってお礼を言いかけた乃々胡は、思わぬ人物に驚いた。

「やあ、おはよう。以前にもこんな事があったね?」

「あ、確か…藍野先輩?」

「ふふ、覚えてくれたんだ。」

人当たりの良い笑顔。
こんな優しそうな人が、何故あの櫻上或都と一緒になんているのか、前々からそう感じていた乃々胡だったが、改めてボンヤリと見つめながら思っていた。

「…ところで、そろそろ降ろしてもいいかな?」

藍野の言葉にハッとして乃々胡は慌てた。気付けば、いわゆる[お姫様抱っこ]を藍野にして貰っていたのだった。

「うわうわわわ〜ごめんなさい!!」

「ふふ、僕は別にこの状態でも構わないけど…アイツに見られると面倒な事になるかも知れないし。」

「面倒?」

「いやなんでも。」

藍野は乃々胡を降ろしながら、愉快そうにクスクスと笑った。

「藍野先輩、ありがとうございました。」

乃々胡はきちんと頭を下げながら礼を言うと、藍野はクセのある前髪を軽く払ってから頷いた。

「お礼なんて別にいいよ。……そうだ、恩に感じるんだったらコレは貸しにしとくよ?」

「え?」

「また、ね。」

藍野はそう言い残し人波に消えていった。





 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ