本編
□act6 大きな変化。
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長い雨はまだまだ続く。
試験まであと10日。学園の空気は一層緊張感を増していた。
昼食を終えた普通科生徒たちは、午後の選択授業に向け支度を整えると、何かに追われるように忙しく廊下を歩く。その表情には苛立ちを乗せている者が多く、口から出るのは溜息ばかり。
乃々胡はそんな生徒たちに混じり、重い足取りで館に向かい歩いていた。
「ハァ、いよいよだ。久弥ん、どんな課題を考えてるのかな……ハァ。」
この後、久弥と『マスター課題』の最終仕上げの話し合いがある。マスターは2人だが、課題は1つとなっている為、お互いに考えを纏めた後、それを発表し合い一つに纏める事になっていた。
乃々胡は課題案についてずっと考えていたが、考えれば考える程思考は絡まるばかり。それだけでも落ち込むのに、久弥は自分の思いもよらない意見を出してくるだろうな、そう思うたびに、気持ちがズッシリと重くなる。
今までは、考えが出なくても久弥がいるから、自分は少し気楽に出来る事が有り難かったが、どうも最近そうする事に躊躇いがある。そんな自分の変化に乃々胡自身戸惑いを覚えていた。
とはいえ、悩んでも進まない。今はまず『マスター課題』をしっかり決める事に集中したい。
乃々胡は一旦立ち止まり、大きく深呼吸をすると
「……うん、とにかく私の意見をちゃんと話さなきゃ!」
気持ちを前に向けるように、再び足を動かした。
それから暫く歩き、館へ繋がる渡り廊下付近へとやってきた乃々胡は、館を眺めながら不機嫌そうに歩く2人の男子生徒とすれ違った。
「くそっ、アイツら調子にノリやがって……このイライラをぶつける事も出来ねぇ。」
「勉強がうまくいかないのも、アイツらがデカイ顔してんのも、何もかもあの忌ま忌ましい『ジンクス』のせいだ、クソッ!」
一瞬だけ聞こえた苦々しい2人の会話。乃々胡は2人の遠ざかる背中を見てから、先を急ぐように小走りで渡り廊下を渡り、すぐ近くにあるマスタールームに飛び込む。
室内には既に久弥がいた。
「ちょっと、久弥ん!」
「はい?」
「『ジンクス』の話って聞いた事ある?」
自席に座っていた久弥は、突然の質問に首を傾げていたが、自分の知る限りの情報を頭の中で整理する。
「もしかして、『試験期間中に執事養成科生徒とトラブルを起こすと、いくら勉強しても追試になる』っていう、アレの事ですか?」
「そんな『ジンクス』があるの?知らなかった……」
久弥の答えに先程の男子生徒たちの心中を察する。
つまり、勉強が思うように捗らなくてイライラしてるから、執事養成科の生徒に当たりたいけど、『ジンクス』が怖くて出来ないの?
「なにそれっ、最低っ!」
乃々胡はそう呟きながら、自分の机の上に鞄をバンと置く。
「の、乃々殿……どうしました?」
乱暴な乃々胡の様子を心配し久弥が問い掛けると、乃々胡はハハッと笑い『なんでもないよ』と言いながら、静かに椅子に腰掛けた。
乃々殿、試験前で不安定なのかな?頑張って下さいね。
久弥はそう心で呟き
「そうですか。」
今はそれ以上言及せず、笑顔でその話を終わらせた。