短い歌

□恋歌
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あんずは静かに颯馬の話を聞いていた。

「ずっと同じ人の夢?」
「うむ。野原を駆けたり、並んで書物を読んだり、いつも隣におった」

突然あんずはクスクス笑った。

「颯馬くん、覚えてないって言ってたのに、しっかり覚えているじゃない」

確かに断片的にだが、覚えていた。あんずに言われるまで覚えていたことに気づかなかった。

「今日はもう終わりにしようか」

背中からあんずが離れていく気配を感じた。
颯馬が振り向くと、あんずはトートバッグに裁縫セットをしまっていた。

どこかいつもと違う感じがした。

「あんず殿は恋をしているのか?」

同じ質問をした。

あんずは一瞬驚いた表情で颯馬を見たが、やがてふと微笑んだ。

「なあに、急に」

微笑んだが、その表情は悲し気だった。
一瞬、夢の中の少女と重なった。

「夏の野の
繁みに咲ける姫百合の
知らえぬ恋は苦しきものを」
(「万葉集」大伴坂上朗女)

そう言ってあんずは部屋を出た。颯馬はただ立ち尽くしていた。


『繁みに咲いている姫百合の花のように、気づかれない恋は苦しい』


(……あんず殿と少女が重なって見えた。何故?)
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