☆NOVEL

□ポーカーフェイス。
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 俗に言う「ポーカーフェイス」とは、相手に悟られない様に感情を表に出さない無表情な様子の事だ。そして、いま目の前……否、背中にいる男は「無表情」なんてひと言で言い表す事など出来ない、本来の感情とは全く違う、様々な表情で他人を欺くペテン師……と、言うと本人に怒られる為言い変えるが……生粋の奇術師である。
 背中から伝わる異常なまでの体温と、それに伴い吐き出される熱い呼気。それが何なのかは実は付き合いが深い様でいて浅いオレにはまだその現象は理解が出来ない。背中の熱の塊に遠慮なく声を掛けた。
 どうせ、何事もないかの様に返事が来るに決まってる。コレもヤツのポーカーフェイス。

「本当に大丈夫なのかよ」
「ヘーキヘーキ。名探偵こそ大の男背負って重くねーのかよ」
「元サッカー部の脚力舐めんなよ」
「それ……何年前の話だよ」

 このやり取りも既に何度もしている。
 コイツが怪盗キッドだと言う事は問い詰めた事も触れた事も無いがまぁ……「名探偵」とオレの事を呼ぶ時点でまず間違いないだろう。全く、隠す気があるのか無いのか……。蘭に連れられて行った先のカフェで、コント宜しく蹴っ躓いてオレの顔面にチョコケーキを食らわせてくれたあの時から、何故かチョイチョイ連絡を取り合い出掛ける仲になっている。
ーーただしサシ(二人だけ)では会わないが。
 そんな関係が続き、お互い成人して酒を飲み交わす仲になっても唯一変わったとすれば、他の連中と解散するまで平然としていたハズのこいつが、オレと二人きりになった途端、ふにゃふにゃになる事だ。そして、その後は怪盗の家まで送るというパターンが出来上がっていた。そして、それは必ず酒が入った時だけ。

「名探偵の背中、あったかいなぁ……」
「……そーかよ」
「落ち着くなぁ……」
「……そりゃ良かった、ずり落ちねー様にしっかり捕まってろよ」
「……ん、このまま寝ちまうかも」
「寝たら落ちるだろーが、さすがに野郎を横抱きで連れて帰る気にはならねーぞ」
「それは流石にオレも恥ずかしいかも……でも……気持ちぃなぁ……」

 そんなに酔う程飲んでいた様には見えないが、若干舌っ足らずで話している所をみると……酒が弱いんだろうか……。その割に潰れた所を見た事はない。背中でクフフとくぐもった笑い声がしてヨイショと改めて抱え直す。初めておぶった時から思っていたが、相変わらず軽い。首元にふわふわよ猫っ毛が当たって若干擽ったいが何だかそれも心地が良いのでそのままにしておく。因みに本当に酔ってるのかなんて聞いてしまったらこの時間が終わってしまいそうで聞けない。黒羽と過ごす時間は特別な時間だと、もう随分前から自分で気付いている。

「ホントにさぁ……自分の懐に入れたニンゲンには甘いよなぁ……」
「そんな所オメーに見せた事あったか?」
「ん〜……ちょっと羨ましかったんだぜ? 実は」
「はぁ?」
「お仲間側? ほら、名探偵の周りの連中が羨ましいなぁ〜って」
「…………ばぁろ、ちゃんとオメーにもシンガポールで協力してやっただろ」
「…………いつの何の時の事言ってるのかさっぱり分かんねぇなぁ〜っと」
「…………ったく」

 引き続き背中でクフクフと楽しそうに笑う酔っ払い(仮)を抱えながら帰路を歩きながら急にストン、と腑に落ちた。
ーーあれ? もしかしてコイツ……。
 そう思った時にはもう考えるより先に言葉が出ていた。

「もしかして、オメー寂しいのか?」
「 ……は?」
「甘えてんだろ、オレに」
「……………………え?」

 その声は、酔っ払い(仮)のソレでも何もなく計算のない全く素の声。頭の片隅で「やっぱり酔ってなんか居なかったな」という確信と、反応を見て「まさか自分で気付いてなかったのか」という素直な感想。無言の数秒後、背中から「ボンッ」という音が聞こえた気がしたと思えば背中の男が急に抵抗を初めた。

「バッ……バ……ッ、バッカじゃねぇの?!」
「お、おい! 暴れんな!」
「甘えてねぇよ! か、勘違いすんな!」
「分かった、分かった! 降ろしてやるから……危ねぇって!」
「…………」
「……黒羽?」
「あま……ぇちゃねぇ……けど……降りたくは……ない……」

 きゅぅうッと腕を巻き付かれて、心臓がキュゥウッとした。ドッドッ、という心臓の音が自分のなのか黒羽のものなのか追及する気は……背中の温もりと、心地よい首周りの締め付けとが合わさってどうでも良くなった。
ーーきっと鉄壁のポーカーフェイスはオレの背中で休業中。



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