☆NOVEL

□本当のすがたで。
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「工藤君……これで駄目ならもう……」
「あぁ、わかってる。覚悟は出来てるよ灰原」
「工藤君……私……」
「バーロー、散々話し合っただろ? どんな結果になってもオメーに感謝こそすれ恨みはねぇ」

 冗談ではなくもしもの時の為にシナリオまで作って挑む。絶対に帰ってくるって約束したんだ皆に……蘭に。
 白と赤に分かれたそのカプセルをジッと睨み付け一気に口に含んだ。
 体内に取り込んだ瞬間、体中の肉や骨が解ける感覚が全身を包み、その激痛に意識が遠のいた。脳裏に過ぎったのはシルクハットの影に隠れたあの生意気な笑み。今回薬を完成させるにあたり核となった人物だ。アイツのおかげで解毒剤が完成した様なもの、本当の姿で挨拶も礼もしてないんだ、このまま無様にくたばる訳にはいかない。今迄の非では無い位の気が狂うかの様な激痛の中笑みが浮かんだ。灰原の悲痛な声をどこかボンヤリ聞きながら段々と意識が覚醒していく。

「工藤君……ッ……くど……博士、お湯と……温めておいたタオル持ってきて!早く!」
「おぉ……新一!」

 はは……思ったよりしぶといみてぇだな。ギシギシと痛む身体に眉をしかめつつ、鉛の様に重い腕を上げた、心臓がバクバクとうるさい。今のオレはどっちだ 、江戸川コナンか……工藤新一か。やがてぼんやり視界に入った自分の手を見てはじめて笑いが込み上げてきた。 その上げた右腕で、灰原の細い腕を掴む。

「はい……ばら、鏡……鏡が見たい」
「……はい。好きなだけ眺めなさい」

 そういって渡された鏡をたっぷり数十秒自分の姿を認識し、それでも信じられなくて自分の身体をまさぐって確かめればどんどん実感が湧いてきた。小さくない、小学生ではないしっかりとした筋肉がついている。 間違いない、今の自分は江戸川コナンではない……

「はは…… や、った……灰原、やった!」
「おめでとう。成功よ?」
「灰原!まじでサンキュー!」

 そういって灰原に抱き着いたらものすごい悲鳴と共に安静剤の注射をぶっ刺された。覚醒したばかりの頭と、工藤新一の身体に戻れた喜びで忘れていたが…… そういえばオレは全裸だった………。そして再び意識が沈んだ、幸せな感覚と共に。
 浮上して沈んで浮上したオレが目を覚まし、先程と同じ事を性懲りもなく繰り返したが、今度は怒られるだけで済んだ。どうやら服は博士が着させてくれたらしい。

「本当に夢じゃねぇんだ……」
「良かったわね工藤君。まだ解毒剤が安定していないから検査は必要だと思うけど……」
「え……って事はそのまままたコナンに戻……」
「大丈夫、それはないから。薬が浸透するまで安静って事よ」
「頑張ったのう……新一」
「なぁ灰原……お前は?」
「私はいいわ……私の本当の名前を知っている人なんてこの世にいないし」
「オレは知ってる。だからお前も戻れよ、本当の姿に。」
「ワシも哀君……いや、志保君がそばにおってくれると嬉しいんじゃがな」
「本当に実年齢がばーさんって訳じゃねーんだろ?会わせろよ、宮野志保に」
「…………もう……バカなんじゃないの」
 
 いつもの憎まれ口を叩いても声が震えている。ずっと罪悪感と戦ってもんな。あいつが大きな情報を灰原に渡してからずっと部屋に籠って頑張ってくれていた。やっとこいつも一区切り、カタがついたような気がする。 長いようで短かったこの期間、はっきりと言える。俺の優秀な助手、それは今までもこれからも絶対だ。  このAPTX4689の解毒剤が出来上がったと同時に全部の悪夢も終わりにしようぜ。

「はぁ……私は会いたくないわ、工藤君に」
「ウソついてんじゃねぇよ、これからも頼むぜ」
「会いたいけど会いたくないって言ってんのよ!このバカ!タラシ!最低!」
「って事は、元に戻るんだな?んで、どこにもいかねーな?宮野」
「……戻るわよ、慣れない名前呼んでんじゃないわよ」
「これからも頼むぜ相棒。あ、志保のがいいか?」
「〜〜〜〜ばっかじゃないの?!」

 真っ赤になって奥の部屋に逃げ込んでしまった灰原を見て、博士と顔を見合わせて噴き出した。
 さて、落ち着いたら方々に挨拶して回ったり   ……忙しくなりそうだ。志保の事は蘭に……どう説明するかおいおい考えるとして……  
 まずは月下の闇夜に舞い降りるあの白い鳥に会いに行こう、本当の姿で。

おしまい。



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