☆NOVEL

□冬の訪れ。
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 ふわりと珈琲の香る店内に入れば十二月を思わせる音楽が暖かい空気と共に流れ込んで来た。そして今の自分の格好はまさに季節先取り、白い口髭で白い袋を背負って子供達に夢を配るあのオッサンを匂わせる……ボアが首元に備わっているエンジのコート。幼馴染みがデザインに一目惚れをして買ってきた……オレに。
 曰く、スゴくもほもほしてほわほわして、寒がりのオレにはぴったりじゃなかろーか……という事らしい。
 確かにここ最近気温がグンッと下がったので有難いといえば有難いのだが……まさかプレゼントされるとは。確かに暖かいけど。クリスマスにはこのエンジのコートを着たままサンタに扮して派手に家の中に星と雪でも振らせてやろうかと目論み口許が緩んだ。
 ホットのカフェオレを頼み、席に腰を落ち着けるとふぅ、と息を吐き出した。砂糖をたっぷり入れてポケットから取り出したイヤホンを耳に突っ込み目を閉じる。
 この店の時間の流れはとてもゆっくりだ。イヤホンからの騒々さとはまるで真逆。
 逃走経路バッチリ、今回の警備体制もあっさり躱せる仕掛けも先程侵入して施してきた。お客様を楽しませるための新作イリュージョン初披露まであと数時間。

 イヤホンから聞こえてきた己に酷似した声にゾクリとした。
 周囲の音を一気に遮断しイヤホンに全神経を集中させる。淀みのない声、そして自分でなければ気付かなかっただろう僅かな違和感のある音。
ーーこりゃあ……予定変更かな。
 仕掛けを見破られた。そして、それからイヤホンの音に変化がないという事は……相手も気付いた事を勘づかせないつもりだ。

「ぁーぁ、この時期コッチのが分が悪いんだよなぁ……」

 ポソリ、独りごつ。
 家に使い捨て貼るカイロの在庫は何枚あっただろうか。身体が暖かくなっても指先が冷えていたら意味がない。マジシャンの指先の動きはとても繊細だ。少しの温度変化でも誤差が出る。
 イヤホンをポケットに捩じ込みズズッとぬるくなったカフェオレを一気に飲み干し、冷え込んだ夜の決戦へ向けオレは席を立った。


 

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