小説2

□廻り道
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新幹線から在来線に乗り換え、ある駅に着いた。小さな駅だ。空はどんよりとしている。改札口を出て、傘をさす。駅の正面には国道があり、車が行き交っている。そして、裏側には大きな崖がそびえている。しかし、威圧感はまったく感じられず、ただただ雨に堪えているだけで、淋しささえ感じられた。

駅から少し歩き、小さな商店街に差し掛かった。商店街と言っても、アーケードではなく、所々にシャッターが見える。まだ、昼間なのに人影は疎らだ。






俺は、高校3年生のときに大きな忘れ物をしてしまった。それは、すべきではない忘れ物だった。いや、してはいけいものだった。それなのに、してしまった。あの時、俺はそれが正しいと思っていた。






地図を見ながら歩いた。しかし、途中で今自分がどこを歩いているのかわからなくなった。調度そのとき反対側から人が歩いて来た。かなり年輩の女性だ。荷車を支えにするように押し、少しずつ歩いている。買い物の帰りなのだろうか。荷車からポリエチレンの袋が見える。声を掛け、道を尋ねた。地図を見せ、赤丸の付いているところを指差す。すると、やはり道を間違っていたようで、更に2キロメートルほど歩く必要があるとのことだった。かなり大回りすることになる。俺は大回りしてばかりだ。

いくばくか歩くと、目的地のマンションに着いた。結構高い。ポストがあるところまで行き、ポストの名前を上から順番に探していく。上から4段目、左から5番目のところで指が止まった。そこには、何度も見詰め、求め、焦がれ、否定しようとした名前があった。田島悠一郎。懐かしく、そっと名前の上を指でなぞった。マンションの中に入り、1005号室の前まで足速に進んだ。しかし、部屋の前にまで来て、直前でチャイムを押すことを躊躇った。不安で一杯だったのだ。あんなことをしたのに、今頃のこのこと会いにきて本当にいいのだろうか。それでも、己の心の中に、僅かだが確かに存在する、再会への期待が指をインターホンへと進めた。反応が無い。もう1度押しても、扉が開くことはなかった。まだ会えないという焦燥と、まだ会わなくて済んだという安堵が混ざった複雑な気持ちだった。仕方なく玄関の前で待つことにした。しかし、待つ以外にこれといってすることがなかった。目を閉じると、あの頃の記憶が蘇ってきた。






高校3年の夏が終わり、引退を迎えたとき、田島に呼び出された。お互い意識し合っていて、相手の気持ちが分かっていた。そのため、この後に起こることも予測できていた。

「花井。俺ずっとお前のこと見てきた。」

「うん。俺もお前のことみてきたよ。」

「じゃあさ、俺と」

「駄目だ。それはできないんだ。」

「なんでだよ!俺達、同じ気持ちなんだから、いいだろ!」

そう。確かに俺達はお互いに惹かれ合っていた。しかし、それは世間では認められないこと。忌み嫌われこと。お互いが好きだからといって、それはしてはいけないことなんだ。そして、何よりも迷いがあった。男を好きになってしまったことを認めたくなかった。否定したかった。そんな自分が嫌だった。今まで、常識に沿って生きてきたのに、そこから大きく外れてしまった。どうしても、許せなかった。だから、自分の心に、田島に嘘をついた。

「違うんだよ。俺達の感情は恋愛なんかじゃないんだ。ただ、友達よりも好きになってしまっただけなんだ。恋愛なんかじゃないんだ。」

「違わない!それって、恋してるってことじゃん!俺は花井が好きだ。恋してる!絶対にそう言い切れる!だから」

「もう、終わりにしようぜ。俺はお前の期待に応えることなんて出来ない。応えられるような感情なんて持ってないんだ。」

「嫌だ!何でそんな嘘付くんだよ!」

「・・・・・・。気持ち悪いじゃないか。男と男が、なんてさ。」

「なんで、・・・なんでだよ。」

「悪いな。やっぱりお前の期待に応えられない。頼むから、分かってくれ。」

そう言って、田島を残して去った。男が男に告白するなんていう、もの凄く勇気と覚悟が必要なことをした田島に対して、酷い仕打ちをした。保身と迷いのためにあいつを傷付けてしまった。

「わかんないよ。そんなのわかんないよ。」





それから、4年が経った。今だに気持ちの整理ができず、あの時採った行動の選択が正しかったのか解らなかった。
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