小説2

□追懐
1ページ/1ページ

学校からの帰りにスーパーへ寄った。鍵を開けて中に入り、シンクの横に買い物袋を置く。時計の針は午後5時を指していた。まだ2時間程ある。取り敢えず、野菜の下処理から始めることにした。部屋には野菜を切る「トントン」という音と、秒針の「コチ、コチ」という音が小気味よく響いている。誰もいない部屋で一人でいると色々昔のことを思い出す。



「俺、たっ、田島のことが、好きなんだ!」

右手の卒業証書の筒を強く握り絞めながら言った。三月とはいえ、まだ寒い。それにも関わらず、両手は汗で湿っていた。
付き合って欲しい。そこまでは言えなかった。言う勇気がなかったし、諦めもあった。男同士付き合えるはずがない。そう思っていた。
田島を意識し始めてからおよそ二年。今までずっとこの想いを押し込めていた。隠し続けるつもりだった。もし、告白しても振られるのは明らかだし、告白した後で部活の雰囲気が気まずくなること、気持ち悪がられることが怖かった。今のままでいいから、想いを寄せる人に嫌われることだけは避けたかった。部活を引退すると一緒にいる機会がめっきり減る。そうすれば、この想いも段々と薄れていき、最後には消えてしまうだろう。そう思っていた。しかし、実際そうはならなかった。一度も会わない日でも気が付くと田島のことを考えていた。それに、田島は時々教科書を借りに9組の教室に来たため、自然と顔を合わせることになり、気にしないようにするなんて、できなかった。だから、一つのルールを設けることにした。卒業の時点で、まだふっ切れていなかったら、告白する。



田島は目を大きく見開いて、驚いている。予想通りの反応だった。
当たり前だ。ショックだよな。嫌だよな。気持ち悪いよな。ごめんな。最後の最後にこんなこと言って。でも、俺の気持ちを聞いて欲しかった。知って欲しかった。自分勝手かもしれない。でも後悔だけはしたくなかったんだ。
どんな返事が返って来ても、受け止める覚悟はある。しかし、予想とは違う返事が返ってきた。

「付き合ってくれんの!?」

驚いて、うまく頭の中の整理ができない。

「え?それは、つまり−−−」

「俺も花井が好き!付き合って!」

・・・・・・。オレモハナイガスキ。ツキアッテ。オレモハナイガスキツキアッテ。
耳が遠くなったのだろうか?確かに、歳の割にはしっかりしている、とよく言われる。しかし、老いているつもりはない。

「それって、恋人としてってことか?」

「そうだよ!」

呆気にとられた。俺が告白したはずのに、告白し返されてしまった。あんなに緊張して、勇気を出して気持ちを伝えたのに。両想いだったなんて。悩んでたのが馬鹿みたいだ。

「ありがとう。でも、本当にいいのか?」

「うん。」

「でも、世間の目はどうすんだ?お前はもう俺らみたいに、一般の人間じゃないんだぞ。もし、周りに知られたら、色々批難されるかもしれない。それに、お前は将来メジャーにも行きたいんだろ?あっちじゃ、同性愛者だと軽蔑して入団させてもらえないところもあるみたいだし。それでもいいのか?」

「いいよ!そん時はそん時だよ。どうにかなるって。俺は、周りから批難されるより、それで花井と恋人同士でいられない方が嫌だ!」

嬉しかった。田島はそれだけの覚悟をして、俺と一緒にいることを選んでくれた。涙で視界がぼやけた。すると、田島が俺の背中に手を回してきた。力強かった。そして、田島は一緒に住もう、と提案してきた。その田島の声と眼差しからは、強固な決意と覚悟、真剣さが伺えた。だから、いきなりのことで困惑したけれど、その提案を承諾した。

そして、卒業してから、マンションの一室を借りて、二人で暮らしている。



そろそろ、良い具合に煮えてきたかな。味見をする。ばっちりだ。失敗しても喜んでくれたけど、これなら、もっと喜んでくれるはず。もう少しで帰って来る時間だ。


「ピンポーン」

インターホンが鳴る。田島が帰って来た!

END





後書き
拙いものを、ここまで読んで頂きありがとうございました。
自分が書く話には、『田→←花』が含まれている割合が高いですね。もちろん『田花』なども好きなんですが、『田→←花』も好きなんです。
自分は持っているネタが少なく、内容が似てしまうことがありますが、これからも御贔屓にしていただけると、有り難いです。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ