小説1

□欲しいもの
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目の前で生地が、鮮やかな手つきでくるっとひっくり返される。その表面は綺麗な狐色になっている。ソースを塗ると、生地からはみ出し、鉄板の上に落ちる。すると、途端に香ばしい匂いが立ち込める。その上からマヨネーズを編み目状にかける。そして最後に青海苔と鰹節を振り掛けると完成だ。

「はい、歩のやつ。」

秋本がこてで僕の方に寄せてくれた。鰹節がひらひらと舞っている。本当は自分で焼きたいのだけれど、どうしても上手にできないのだ。ひっくり返すときに、生地が裂けたり、中の具が飛び出したりしてしまう。だから、いつも秋本に任せている。何か子供がすると散らかして、汚してしまうから、親が代わりにしているような感じがして、釈然としない。しかし、美味しく食べるために我慢している。焼いてもらっていて、「我慢している」というのは、失礼な気もするけれど。

「瀬田君はどうするん?」

ロミジュリのMCこと、森口京美がきいてきた。食べることに夢中になっていたので、全然話を聞いていなかった。

「え?何のこと?」

「誕生日プレゼントのことやん。」

「・・・誕生日プレゼント?誰の?誰か誕生日の人がいるのか?」

そう言うと、森口は大袈裟に溜め息をついた。

「誰のって、秋本のに決まってるやないの。もしかしてとは思ったけど、忘れてるやなんて。メグはちゃんと用意してるみたいやで。そんなんやったら、メグに秋本盗られるで。」

「ふん。ライバルやとばっかり思ってたけど、まだまだ甘いわ。これで、貴ちゃんはうちのもんや。」

「おい、待て。俺はメグのもんにはならんぞ。俺は歩のもんや。」

「は?誰が僕のものなんだよ!お前なんか熨斗付けて、くれてやる!」

「歩〜!何てこと言うんや〜!」

「そうよ!熨斗付けてやなんて失礼や!貴ちゃんやったら、熨斗付けんでも、お金払って買いたい人が何万人もおるわ!」

「はいはい、もう分かったから。それで、瀬田君はどうすんの?」

このような状態の原因を作り出した森口自身が、「仕方ないなぁ」というように、場を鎮めた。僕はそれにいささか不満を覚えたが、ここで僕が反論しても、流されてしまうだけだろう。

「何も考えてなかった。っていうか何で僕が秋本にやらなきゃなんないんだよ!それに僕なんかからプレゼント貰ったって−−−」

「欲しい!めっちゃ欲しいで!」

言い切る前に凄い勢いで返されてしまった。何か断りづらい。

「何が欲しいんだよ?」

「歩!歩が欲しい!リボン付きの歩が欲しい!」

「このバカ本!何で僕自身をあげなくちゃなんなんないだ!しかも、リボン付きってなんだよ!」

そう言って、おしぼりで叩いてやった。断りづらく感じた僕が馬鹿だった。

「あゆちゃん、酷い。こんなに愛してんのに。」

「あゆちゃん言うな!それに愛して貰わなくても、結構!」

「本間に二人の漫才は息があってておもしろいねぇ」

「うん、夫婦漫才やな。」

「ちょっと捻りが足らんような気もするけど。」

勝手に篠原と蓮田が感心し、高原が分析をした。

「誰が夫婦だよ!って言うかその前に漫才なんてしてないから!」

そう言ってやると、秋本が唸り出した。

「う〜ん、確かに夫婦やないな。まだ結婚してへんし。そこは夫婦やなしに、カップル漫才の方がええんやないか?」

「何がカップルだ!コンビだろ!」

そう言うと、秋本はにんまりと笑った。嫌な予感がする。

「歩〜、やっとコンビ結成する気になってくれたんやなぁ〜!」

しまった。また、やってしまった。嫌な予感が的中した。僕の危険予知センサーは秋本専用と言ってもいいくらいなのに、まんまと嵌まってしまった。いや、この場合は自滅したと言った方が正しいのかもしれない。なぜかいつも秋本が有利な方に流されてしまう。

「だ、誰が漫才なんてするか!コンビなんて絶対に組まないからな!」

周りから「漫才してるやん」という突っ込み、・・・じゃなくて反論を無視して再び食べることに専念した。

そんなやりとりが続き、下らないが楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
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