ロックンロールと素晴らしき世界

□ロックンロールと素晴らしき世界
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愛【unknown】

それは、うんざりするくらい人の口に上る。そのくせ誰も見たことがねぇ。まるでネッシーみてぇだ。
誰もがそれを見つけようと躍起になってやがる。この街の連中全員がだ。誰が最初の発見者になるのか、競争してるみてぇに。
自称発見者も山のようにいる。そんな連中は、それを見つけたいきさつを本なり歌にして一儲けだ。なんせ、集団ヒステリーみてぇにそれを探し求める奴等だらけだ。儲らないわけがねぇ。
だが本を読んでも、歌を聴いても一向にそれの見つけ方の糸口すら見つけられねぇ。
「そんな人達が見つけ方を知ってるわけがなのよ」いつだったか、美しい少女は言った。「嘘を綺麗に飾り付けて並べて、永遠に見つかりっこないわ」
見つからないもんだから、それに関する本も歌も需要が絶えねぇ。もしかしたら見つけられねぇようにできてんのかもしれねぇ。見つけられちまったら、商売あがったりだからな。
小僧が一人、路地を向こうから歩いて来た。見ず知らずの小僧だ。その小僧は、小さな虫でも捕まえたみてぇに、手をしっかり合わせていた。顔は今にも幸せが零れ落ちそうな満面の笑みだ。
小僧は俺に気がつくと、いてもたってもいられねぇって様子で話出した。
「聞いて下さい。僕捕まえたんです!」
「何をだよ?」
「驚かないで下さいよ」俺の顔を覗き込むみてぇに見上げた。「愛を、ですよ!」
「へぇ」
「もっと驚いて下さいよ」小僧は口を尖らせた。
この年頃の小僧は良く愛を見つけたと勘違いするもんだ。
「どんな様子だったんだよ?」
「それが、咄嗟のことだったから、良く見れなかったんです」
「じゃあ、見てみようぜ」
「ちょっと!やめて下さいよ!」小僧は合わせた手を俺から遠ざけた。「逃げちゃったらどうするんですか?」小僧は合わせた手を実に大切そうに胸元に引き寄せた。
「気をつけるんだぜ」俺は言った。「逃がさねぇようにな。力を入れ過ぎてもいけねぇ。それはすぐ壊れちまうからな」
小僧はキョトンとしていた。
「あなたも、捕まえたことがあるんですか?」
「さあね」肩をすくめて俺は言った。
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