novel

□敗北から始まる
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カッタン、カッタン、カッタン
カッタン、カッタン、カッタン
カッタン、カッタ…

「あ、ら…?」

半ば意地になっていると視界が大きく傾いた。
反動をつけすぎたらしく、そのままグラリと後に引っ張られる。
とっさに受け身を取ろうとした瞬間、ふわりと影が落ちた。
椅子が倒れて派手な音を立て、部屋中にそしておそらく廊下にも響いた。
しかし、身体には大した衝撃を感じない。

「何やってんだよ…」

頬にサラリと漆黒の髪が触れると呆れた声が文字通り上から降ってきた。
倒れる瞬間、視界に落ちた影はユーリだったようだ。

彼はレイヴンの身を庇うように片腕を頭の後に回し、もう片腕でそれを支えている。
その体勢は第三者が見るとまるで押し倒したかのようなかたちなのだが、当事者であるユーリはそんなことを気にしていない。
単に気付いていないだけかもしれないが。
レイヴンはレイヴンで、一緒に旅してきたけど、こんなに至近距離で相手を見るのは初めてだな、とまじまじとその顔を見上げる。
動こうとしないレイヴンを訝しむようにユーリは少し眉を寄せた。

「…おっさん?」
「お前さんキレ−な顔してるのね」
「…は?」

言われた意味を理解しかねるというように先程とは別の意味で眉を寄せるユーリの頬に触れて撫でてやる。

「だーかーらぁ、『美人さんね、惚れちゃいそうょ(はぁと)』って言ったの」

伸ばした手を髪へと滑らせて指先で玩びながら、レイヴンは目を細めて笑ってみせる。
こんなやりとりは今に始まったことじゃない。
ユーリだってそれが冗談混じりだということを理解していていつも適当に流してきた。
勿論、今回もそんな他愛もないスキンシップを(一方的に)はかろうと思っていたレイヴンは違和感に気付く。

何か、
様子がおかしいよーな?

いつもならこの辺りで腕を引き抜かれて床に頭を落とされている筈なのだが、未だに抱えるようにしたまま支えられている。
まるで身動きを封じられてしまったかのように固まってしまっているのだ。

「ユーぅリぃ?」

名前を呼ぶとピクリと体が動く。
完全にフリーズしていた訳ではないらしい。
しかし次の瞬間ありえないことが起きた。
普段は冷静沈着なユーリがあきらかに動揺したように顔を真っ赤に染めたのだ。
そして思い出したかのように腕を引き、さながら戦闘時のように素早く距離を取る。

明らかに、
様子おかしい…よ、なぁ?

「青年、どしたよ?」
「べ、つに!何でもねぇよ!」

問い掛けに吃るように返すと顔を隠すように慌て背を向けた。
今までの彼からは予想し得ない反応にレイヴンは心を掻き乱される。
かつてない反応に対して心配心ではなく悪戯心が頭を擡げた。
たまにはからかってやるのも良いだろう、とニンマリしたくなるのを隠す。
こっちがいつもの調子で接していたらあっちのおかしな態度も治まるかもしれないじゃない、と言い訳のような理由も付けておくことは怠らない。
そっと近付いて低い声で囁く。

「なぁに?ひょっとして、おっさんに惚れちゃった!?な〜んて、な…?」
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