novel

□浮かぶは夢か現か
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今更となって何故思い出す?
同朋達が呼んでいるのか
この身を呪おうと言うのか?
肢体を八つ裂きにしたいのか?
ならば、そうすれば良い
何故そうしない?

息は知らぬ間に上がり肩が震える。
数多の経験からそれが寒さによるものでないことをはっきりと自覚させられる。

これは『恐怖』だ。

レイヴンは波間に歪む月を睨みつけた。
闇より腕が伸びてこの身を取り巻き締め上げられる。
先程の悪夢がフラッシュバックした。
無感情に触れてくる青白いそれらは何も語らない。
ただだだ縋るように絡みつき、まるで渾身の力を振り絞るように纏わり付くのだ。
鎧の装甲などでは気休めにもならない圧迫感にもがこうとすると地を這うような声に身を貫かれる。
嘲るように。
「お前は何も感じ得る筈などない」と。
そして名を紡ぐのだ。

十年前に死した男の名を。

「オレの連れは散歩好きが多いらしい」

不意に聞こえた声は悪夢のそれとは違い穏やかなもの。

「んまー、子供が夜歩きなんて関心しないわねぇ」

声の主たる青年は防波堤に足を投げ出す形で腰を降ろした。
風に遊ばれる豊かな黒髪は月明かりを受けて海の波のように揺れる。
ユーリはレイヴンの視界の隅で同じように海面を眺めているようだ。

敢えて聞く気はない、ってことか…

以前彼が言った言葉が過ぎる。
「話したくなければ話さなくて良い」
「話せるようになったら話してくれ」
それは彼の優しさなのだろうとレイヴンは思う。
何をするでもなくそこにいるだけ。
無責任な言動は取らず、痛みを理解し気持ちを固めるきっかけを与える。
決めるのはいつだって当事者であり、彼は何かを強制することは決してしないのだ。
無理には聞き出すことはせず、しかし苦しんでいると知れば傍にいてやる。
今もそうだ。レイヴンが沈黙を守るのならば何も言うつもりなどないのだろう。
ただそこで静かにこの距離を保つだけ。

「子供はちゃっちゃと寝なさいよ」
「子供は子供でも悪ガキだからな。夜更かしもしたくなるもんだ」
「困ったちゃんだねぇ…」
「…おっさんもな」

ほら、やっぱり何も問おうとしない。
レイヴンは小さく苦笑する。
気掛かりで追い掛けてきたというのに、案外これは気遣いの類ではなく不器用なのかもしれないなと。
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