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□荒野の故郷
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「王子様のお帰りを待っているからさ」
「王子、様…」
 ああ、と短く答えると男は立ち上がり、棚をごそごそとあさり始めた。
「まだ何も食べていないだろう。簡単なもので良ければつくってやる」
 奥にあったのは簡素な台所。どうやら厨房があった場所のようだ。男は時折場所を確かめるようなしぐさをしながら、時間をかけてゆっくりとスープを作ってくれた。
「時間がかかってすまないな。こんなところに入るからか目が段々と悪くなる一方で…」
 お金があるわけでもなく、病院にはいけない。食べていくので精一杯だと、彼は苦笑した。
「そうなんですか…」
「そういえば…外のやつら、今日は静かだな。いつもなら旅人が迷ってくるたびに騒ぎたてたものを…」
 やつら、というのはアルバート兵の亡霊のことを言っているのだろう。目が悪くなってからは、彼らと意志の疎通ができるようになったらしい。一種の超能力のようなものかもしれないと、アレンが言った。
「あ、あのさ…」
 セレスが他の4人に目配せをする。自分がアルバートの王子であることを打ち明けたいがどうだろう、と目で問い掛けていた。
「どうした、口に合わないか」
「あ、いえ、そんなことはありません、えと…」
「ああ、ギールだ。ギール=フィレント」
「とてもおいしいです、ギールさん」
 少し慌てているセレスを不審に感じたものの、ギールと名乗った男は黙々と食事を続けている。その横で、アレンが何かを考え込んでいるが、急にふっと顔をあげ、ギールの顔を覗き込んだ。
「ギール=フィレント…もしかして、アルバートの鷲将軍と言われたフィレント将軍、ですか…?」
「まぁ、かつてそう呼ばれたこともあったか…若いのによく知っているな」
 5人は顔を見合わせた。帝国に滅ぼされるまで、アルバート王国軍には勇敢な二人の将がいた。虎将軍と呼ばれたカインの父、レオン=スカイラントと、鷲将軍の異名を取ったギール=フィレント。この二人の勇猛さは大陸中に知れ渡り、恐れられていたという。これが事実であれば、彼もアルバートの生き残りということになる。
「そう…だったんですか…」
「師匠から聞いていた特徴と一致しています、間違いはないかと」
「師匠?何のことだ?」
 アレンが頷く。セレスはゆっくりとギールの正面に向き直り、腰を落ち着ける。
「ご挨拶が送れました。私の名はセレス=アルバート…アルバート王国の最後の王子にして、共和国の王位継承者です」
 深々と頭を下げるセレス達に、最初は唖然として身動きが取れないギールであった。しかし、その目にかすかに見える蒼い髪は、かつての主君のものと同じ色をしている。
「ほ…本当に…?セレス王子で…」
「はい。これを見てください。亡き養父がこの城から持ち出した父の剣です」
 柄に埋め込まれた蒼い宝玉。月の光に照らすとアルバートの守護神、竜の紋章が浮き上がる。
「これは、確かにアルバートの…」
 ハッとすると、ギールはその場に跪き、頭を下げた。
「も、申し訳ありません、気付かなかったとはいえ、失礼を…」
「いえ、いいんです。最初に名乗らなかったことらに責任がありますから」
「しかし…」
「いいんですよ。顔を上げてください」
「は、はい」
 ゆっくりと顔をあげ、セレスの後ろにいる4人に目線を泳がせる。
「そうだ、彼らのことも紹介しないと」
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