メイン小説

□荒野の故郷
2ページ/14ページ

 倒れかけ、字もかすれた立て看板。触れば今にも崩れてしまいそうなそれは、かろうじて解読できそうな字が残っていた。
「ぐ、ぐら…ば、ん?」
「意味がわかんねぇぞ」
 リーナが看板と睨みあうが、解読作業は進まない。
「グラ…ンドバ、ロン…グランドバロン、では?」
「グランドバロン…?ってグランドバロンか!?」
 グランドバロン。それは、かつてアルバート王国の首都であった。森に囲まれた自然豊かな街と、荘厳な城で知られていた。アルバートの言葉で『偉大なる勇者』という意の名の通り、屈強な戦士たちがこの地を守ったが、マルシーユ帝国の攻撃に屈し、多くの人命が失われた。
「ここが、そうだったのか…」
 セレスは朽ち果てた城を見上げた。カラスであろう鳥たちが塔の上で羽根を休めている。
「地図には載ってなかったな?」
 アレンが買ってしまった『まがい物』の地図を広げて見る。それは左右、すなわち東西が真逆に印刷されているだけで、他の間違いはなさそうだ。
「そうですね。方角も東西を逆に見れば…」
 その地図自体、帝国がなくなる前に作られたものであるため、敵であるアルバートの首都の所在地を入れなかったと思えば納得がいく。その時、生暖かいものが彼らの側を通り過ぎていった。
「な、なんだ!?今の…」
 あわわわ、と慌てふためくカイン。実は、彼は心霊現象などがかなり苦手分野なのである。
「俺の苦手なやつじゃないだろうな…」
「カインにも怖いものがあったんですか?」
「うわ〜っ!やめろ〜〜っ!!」
 アレンがそっと彼の首そしめると、途端に暴れだし、4人から遠ざかった。枯れた木の陰に隠れ、あたりをうかがっている。
「あんまりからかうなよ、カインは本当に幽霊とかの類が嫌いなんだ」
「そ、そんな顔して言わないでくださいよ、セレス様…」
 ニコニコと笑いながら言うセレスに、カインが一層の恐怖を感じる。しかし、先ほどの生暖かい空気は一向にその場を離れる気配が無い。それどころか、彼らの周囲に集まっているようだ。
「や、やめてくれよ、俺たちが何をしたって言うんだ…」
 カインはすっかり怖気づいている。しかし、剣で斬れる相手ではないし、まして本当に心霊現象かどうかもわからないのだ。どうしたものかというとき、セレス達がきたのとは反対方向から、明かりが射した。
「お前達、そこで何をしている!」
 年の多い、男の声。ゆっくり5人に近付いてくる。次第に、周りを囲んでいた空気が、さっと引いていくのが感じられた。まるで、男が通る道を明けるように…。
「…4人…?いや、5人か。ここに何用だ?」
「僕達は、旅の者です。道に迷ってしまいまして」
「そうか…こんな時間だ、仕方あるまい。文句がなければ場所を貸してやろう」
「本当ですか!?ありがとうございます」
 男がついて来いとばかりに向きを変え、城の裏口であっただろう場所に入っていく。後に続くと、簡素ではあるが内部は修復されていた。やがて、ある一室に辿り付いた。元々客間だったのか、古ぼけたベットが並んで置いてある。
「ここが一番まともな部屋だ。風呂と水道はそこのドアを出たすぐ左にある」
 男が指した方向にある窓からは、キレイな星空が見えた。
「あの、宿代とかは?」
「構わん。こんなボロボロの城だ、人が増えたくらいであいつらも文句は言えまい」
「…あいつら?」
「見えないのか?さっきお前達を取り囲んでいた兵士達だよ」
「へ、兵士…?」
「そうだ。この城は、地図には載っていない…それが何故かわかるか?」
 彼が言うには、ここには17年前の戦争、アルバート継承戦争で死んだ兵士達の亡霊がいまでも出るという。アルバートが負けた後、マルシーユ帝国はこの城を完全に破壊しようと軍隊を派遣した。しかし、アルバート兵の亡霊たちの反撃にあい、諦めて去っていったという。
「そうなんですか…でも、貴方はどうしてここに?」
「ああ、それはな…」
 朽ち果てた城に住みつづける男。彼の身体のいたるところにある傷は、長い戦いの歴史を物語っていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ