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□その手で開くもの
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 北の関所を越え、共和国の北西地域にやって来たのはファルネスを出発してから2ヶ月が過ぎようとする頃だった。
「うーん、やっぱり春服にしてから動きやすくなりましたね」
「そうだな。冬服は生地が厚いし、着込む分重いし…」
 王国暦317年15月22日。新年まであと一週間と迫ったその日、関所を越えたセレス達はリーナの故郷であるディウォールを目指していた。ベロニカにいる間に、彼女の両親がディウォールに戻ると連絡があり、関所から近いこともあって立ち寄ることになったのだ。
「この坂を登りきるとすぐですよ」
 リーナも故郷に帰るのは1年振りということで、やはり嬉しいらしく、にこやかな表情をしている。しばらく歩くと、田畑に囲まれた村が見えた。
「あ、あれです、あれが………!!」
「どうしたんだ?」
 言葉を飲むリーナに、カインが問い掛ける。
「様子がおかしいんです、今の時期ならカルザイが茂っているはずなんですが…」
「カルザイって、調味料の一つだよな?」
「はい、辛味のする葉っぱです。それがないんです」
「もう収穫し終わったんじゃないのか?」
「いえ、今まではずっと新年を迎えてから収穫していましたし…」
 セレス達がいるあたりは丘になっており、そこから村全体が見渡せる。
「なあ、もう少し近くまで行ってみないか?」
 セレスの言葉に頷くものの、つのる不安を隠せないリーナ。次第に足が重くなる。カルザイはディウォールの名産品だ。栽培しないのは考えられず、何かしらの災害にあったのならば、それも村にとって打撃となる。早くに収穫してしまったと、そう思いたかった。しかし、村に近付けば近付く程、彼女の希望は絶望に変わっていく。
「こ、これは…!」
 何かに破壊されたような建物、荒らされた田畑、焼け焦げたような臭い。
「どういうことだ…?」
「わかりません、両親は何も…」
「あ、あれ…」
「セレス様!?」
 門の近くに走り寄るセレス。他の四人が近寄ると、影に人がうずくまっていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「え…うわ、やめてくれ、命だけは…!」
 セレスの手を振りほどき、走って逃げようとする男をカインが力ずくでとめる。
「や、やめて、やめてくれっ!」
「待ってフリッツ!私、リーナよ」
「へ…リーナ…?」
 聞き覚えのある声と名前だったのか、フリッツと呼ばれた男は逃げようとするのをやめ、恐る恐るリーナの方を振り返る。
「本当に…本当にリーナなのか?」
「ええ」
 笑顔で頷く彼女を見て、安心したのか彼はその場に座り込む。
「すまない、てっきりあいつらの仲間かと…」
「あいつら?」
 カインが首をかしげ、事情を聞こうとするが、セレスが制止した。
「まずこの人の傷の手当てを」
「あ、そうですね」
「あと他に怪我人がいるかもしれないだろ」
「いや、それは大丈夫だ、村のみんなは避難してる…俺は村の様子を見に来て、それで…」
 彼の名はフリッツ=ナルタムといい、リーナの幼なじみだった。彼が言うには2日前に突然、マルシーユの残存兵らしい者たちがやってきて、村から食料を奪って行ったらしい。
「あの、それは…間違いなくマルシーユの…?」
 そう尋ねるレイチェルの声が震えている。
「帝国の、紋章が入った服を着ていた…前、この村に駐留してた奴等が着てたやつと同じ」
 そうか、と一言だけ発すると腕を組んで考えこむセレス。それが事実であればどこか近くに潜んでいる可能性がある。それに同じ帝国兵だったセレスの顔は知られているはずだ。
「そうだ、私の両親は?ここに戻ると聞いて…」
「ああ、親父さんたちが着いたのは三日前だ、みんなと避難してる」
「そう、無事ならいいんだけど…」
「ところで、憲兵団には知らせましたか?」
 淡々と答えるフリッツを不思議に思いながらも、アレンはそれを表に出さずに質問する。
「いや、まだだ…川が氾濫して橋が壊れてるし、奴等関所の方に向かったようだからそっちに行くのも危ないと思って…」
「そうですか…では取りあえず村のみなさんが避難したという場所を教えて下さい、もう少し詳しい状況を知りたいので…」
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