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□恥ずかしい告白をさせてみた(ペテロver)
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 シスターは今しがたの男の言葉に、ぎくりと体を固めた。
 頬張ったクッキーの欠片が指から零れて、白の尼僧服の上に落ちる。咽そうになるのをこらえ、なんだと斜め後ろを振り返った。

 口の周りに菓子屑をひっ付け、「は?」とでも言いだしそうな顔は、どう控えめに見ても可愛らしいとは言えない。
 本人もそれは十二分に理解していたが、今さら女の子らしさを取りつくろうような性格ではなかったし、何より今はタイミングの悪い男に驚かされた思考を落ち着かせるのに忙しく、それどころではない。


 とろりとした夕日が、ローマの街並みに吸い込まれていく。
 ひっそりと、夜が静かな足音で東の空から両手を広げ滲み始めた。
 元凶である男と言えば、自分の発言がまねいたシスターの苦労などまったく気にかけていないのか、相も変わらず減りの遅い卓上の書類と戦っていた。


 国務聖省と教理聖省がいくら敵対勢力とは言え、それでも事務系統のやり取りはいくらかある。
 月末の上層部への締め切りぎりぎりになり、未だに異端審問局から書類が提出されていないと同僚に泣きつかれ、寝不足の足で書類の催促に来てみれば、この通りだ。

 遅々として進まない局長殿の事務処理能力に、疲れがたまっていたこともあり、半分ブチ切れながら喚いたのが小一時間前。
 自分の能力には自覚があるのか、ペテロも珍しくシスターに好きなように言われっぱなしだった。

 時間を引き延ばしてもらう代わりにと、目の前のテーブルに並べられたのは紅茶と菓子受けの数々。
 しかもひらのシスターの安月給では、間違っても口にできないような高級菓子店のものばかり。
 それまでの剣幕が嘘のように、あっさり買収されたシスターは、上機嫌に菓子を頬張り、温かな紅茶に一息ついたのだった。


 それからずっと、突っ込みたくなるのを抑え、すさまじく唸りながら書類を片付けていくペテロを見守っていたのだ。
 ……いや、実際あまりにも唸りがすごく、途中で我慢しきれず「腹でも痛いわけ?」と突っ込んでしまった。

 自分もまだまだ青いな。
 ふっとシスターは遠い目で、明後日の方を眺めた。
 そして、そんな長丁場の腹痛がようやく終わりを見せ始めたのが、ついさっきのことだ。

 太陽の光が橙色を帯び始め、紅茶の色に部屋の中が染まる。
 いい加減、眉間にしわを寄せた男の顔を見るのも飽きて、彼女はぼんやりと中も外も同じ色に染まる白磁のカップを見ていた。

 それは、局長室での彼女専用のものだ。つるりとした滑らかな陶器の表面は、すっかり手に馴染んでいた。
 馴染みすぎて、今ではこれじゃないと落ち着かないくらいだ。
 余計な装飾がないシンプルな美しさが、どこかの愚直なまで己を飾らない男のようで、そこが気に入っていた。


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