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□誰かさん夢(アベル視点)
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泣かないことが強さなのだとしたら、彼女はとても強い人間ではないだろうかとアベルは思う。
昔は違った。Axに入って、ようやく心を開き始めた頃の彼女は、よく泣く子だった。
いつもいつも綺麗なブルーの瞳を涙で一杯にしては、自分の僧服を掴んで小さな肩を震わせていたものだ。
そして、その肩を支えて背中を撫でながらずっとあやしていたのは自分。
泣く度に、次はもう泣かないと擦れた声で言っていたあの子が本当に泣かなくなったのはいつの頃からだっただろう。
成長した彼女は、いつも穏やかに微笑んでいて、あの瞳が涙に濡れているところなんてもう随分と見ていない。
彼女は確かに強くなった。でも、と。アベルはひどい胸騒ぎに襲われる。
本当にそうなのだろうか?
微笑む彼女から目を離したら、その一瞬であの子は──それこそ涙のように脆くも消えてしまうのではないだろうか。
流せずに身の内に溜め込んだ涙に溶けて、いなくなってしまうんじゃないだろうか。
そんな妄想じみた恐怖にとりつかれて、アベルはいつも彼女から上手く視線を外せずにいた。
だから、だろうか。
唇を噛み締めて部屋から飛びだした彼女の後を、当たり前のように彼が追ったのを見てアベルはひどく安堵したのだった。
安堵して、ほんの少しだけ彼に嫉妬した。
きっと、あの強くて美しい少女は彼女だけの場所でさめざめと泣くのだろう。
その涙を拭ってやるのも、その背を撫でてやるのも、抱き締めてやるのも、許されるのは今はもうアベルではない。
それが、妙に悔しかった。
まるで、大事に隠しておいた宝物をとられたような。そんな幼くて、身勝手な独占欲。
嗚呼、それでも。
「アベル、ただいまー」
彼と一緒に戻ってくる彼女が、いつものように笑っていてくれるならもうなんだっていい。