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□カーヤ夢
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 例えば、紅茶を淹れる時に茶器を優しく扱う繊細な指だとか。
 低く、それでも穏やかに自分の名前を呼ぶ声だとか。
 頭を撫でる(撫でられる行為自体は子供扱いされてるようで嫌いだけれど)大きな手だとか。

 そういったものが、好きなんだなぁとカーヤは漠然と思った。


 先程まで食べていた甘い焼き菓子の匂いが立ち込める室内で、少女はカップに口付けた姿勢のまま男を盗み見ていた。
 夏の日差しがすべてを照らす外からは、細やかな木立の息遣いが聞こえる。


 カーヤの視線に気付かず男は書類に視線を落としたままペンを走らせていた。
 珍しく眉間に皺が寄っているのは、彼の上司である壊滅騎士による器物損壊の始末書と莫大な量の請求書を目に止めたからであろうか。


 溜め息をつきつつ、細い銀のブリッジを押し上げる姿を眺めて、こういった時に眼鏡をかけてる顔も好きだと、カーヤは改めて項目を付け加えるのだった。


「……さっきから、どうした。やけに嬉しそうな顔してるぞ?」
「んー、別にー」


 えへへ、と笑った少女をそれ以上追求することなく男も目を細めて穏やかに微笑んだ。
 紫を含んだ、その瞳もお気に入りの一つだ。


 でも、それは窓から見える今日のような青空が好きだとか。彼の淹れるミルクティーと一緒に食べるケーキが好きだとか。
 そういった感情と同列なものなのだと、思う。


 だって、少女はそういった『好き』しか知らないのだから。
 言ってしまえば、カテリーナに対する気持ちとこの男に対する気持ちは同じものなのだ。──少なくとも、幼い少女はそう信じている。


 ふと、休むことなく動いていた男の手が止まった。響いていたペン先が紙を引っ掻く固い音が、空間に消えていく。


「カーヤ、ちょっとこっち来い」
「?」


 特に何も考えず少女は、手招きされるがままに男へと距離を縮めた。
 机に近付くと、甘い匂いの中に微かに苦い香りが混じる。それは、男がいつも口にしている煙草の香りなのかもしれない。


 彼は「成長によくないだろ?」と言ってカーヤの前で愛用の煙草を吸うことはなかったから、結局その香りの正体が何なのかは分からなかった。


「なに?」


 いつもは見上げなければ合わない視線が、椅子に座っているせいか真正面から向き合う形になって。新鮮なその感覚に、だが何故だかカーヤは少しだけ恥じらった。
 男は微笑んだまま、ほらと言って指を──少女が好きな指を伸ばした。他ならぬ彼女の桜色をした小さな唇に。


 触れたのは、一瞬だったのだろうか?
 それすらも、分からなかった。気が付いた時には既に指は離れていて、代わりに口の中に広がる甘い甘いイチゴの香り。


「……これって」
「イチゴのキャンディ。前に、好きだって言ってただろ?」


 ちょうど買い物行った時に見つけたから、と男はティーカップを手元に引き寄せ言った。
 カーヤは何も言わずに、そっと指で唇に触れた。指先が震えていることを気付かれないよう、そっと。
 舌の上で甘くゆるりと融ける球体は、口の中を移動して時折歯に当たってカラコロと音をたてた。
 黙したままのカーヤの様子に、男は多少狼狽して少女の顔を覗き込んだ。


「どうした? もしかして俺の記憶違いだったか?」
「──ううん、そうじゃなくて。急でびっくりしただけ」


 触れられた唇が、熱い。そこだけ自分の身体とは別のもののようで、それなのに発する熱はカーヤの全身に広がっていくのだ。
 カラコロ。くるくる融ける飴は甘く甘く、急激に広がる熱に更に小さく融けてしまう。



 例えば、紅茶を淹れる時に茶器を優しく扱う繊細な指だとか。
 低く、それでも穏やかに自分の名前を呼ぶ声だとか。
 頭を撫でる(撫でられる行為自体は子供扱いされてるようで嫌いだけれど)大きな手だとか。

 嗚呼、あと。
 薄い紫色をした綺麗な瞳だとか、眼鏡をかけた時のいつもと違う表情だとか。


「……好き、だよ」


 囁いた言葉は、唇以上の熱を持っていた。








この後、飴のことを言ったものだと思った男主は「じゃあ、また買ってきてやるよ」と軽ーく言ってカーヤの機嫌を損ねます。



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