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□トレス夢
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『お前の手は、剣を持つには向いていない。だから、諦めなさい』
昔、剣の修行をしていた頃の話だ。一応師匠に当たる男に、そんな意味合いの台詞を言われたのを何故か今更になって思い出した。
お前の手は小さくて、男と比べるとどうしても握る力が弱くなってしまう。
だから剣を持つのは諦めなさい、と。
確かに、今自身の目から見てもこの手は剣を持つには充分な大きさとは言えなかろう。
女性の中では長身の部類に入るが、手足の大きさはそれに付随してはくれなかったのだ。
「あの頃は、その言葉がショックでさ。自分の小さな手が、嫌で嫌で仕方なくてね」
ケーブルや書類が乱雑に散らかった研究室で、少女は横たわる無表情な同僚の前に両手をかざした。
表情にまったく変化は見られないけれど、オレンジブラウンの瞳をこちらに向けてくれるのだから、彼は律儀な性格だと思う。
(性格、なんていうとまた不機嫌そうに『俺は人間ではない。機械だ』とか言うのだろうけど)
窓から差し込む日の光に照らされた手には、甲にも平にも細かな傷が沢山ついていて、きっとこの中には一生消えない傷もあるのだろう。
手の甲に走る裂傷にそっと指を添えて、少女は小さく笑みを溢した。
「剣以外の闘う力を手に入れてからも、やっぱりこの手が気に入らなかったんだけどさ」
剣を持てない、という理由は既に自分の中からは消えていたのだけれど、その感情だけが根深く心の内に残ってしまっていたのだ。
「でも……今は、結構気に入ってる」
真っ直ぐにこちらを見詰める視線に微笑みを返して少女は、無造作に放り出されたトレスの手に自身の小さな手を重ねた。
いつもきっちりはめられている真っ白な手袋は、メンテナンスのために外されている。無駄のない綺麗な手は、体温がないせいかほんの少しだけ冷たかった。
「──君と手を繋ぐなら、このくらいがちょうどいいもの」
囁きに対して彼からの言葉はなかったのだけれど。
絡めた指先が確かな力で握り返されたことを、少女だけが知っていた。
トレス夢。
トレスが一言も喋ってないけど、トレスゆ…ぐは