トリブラ夢小説U

□爪弾く愛憎
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 たまには、意地を張らずに甘えてみればいいのに。
 二、三日前のお茶の時間、苦笑混じりの(と言っても装い方が下手で好奇心が丸見えだったが)友人から投げられた一言だ。
 どうしてそんな話になったのかは微塵も覚えていないけれど、たしかあの時は互いの恋人について話していたのだったか。

 しかし、それでなぜ件のアドバイスもどきを頂戴するはめになったのか、まるで筋道が理解できない。
 額に指をあてがい必死に考えてみるが、獣道などまだ生温い、とまでに友人の思考回路はサラには踏み込むことが難しい道だった。


「随分、険しい顔をしていますね」


 面白そうにソファーに座る男が声を上げる。
 サラは彼の後ろに立って、その真っ黒な旋毛を見下ろし、見られていないのを良いことに無防備に考えに耽っていた。
 それなのに、この言葉だ。驚きもあったが、見られたくない部分を指摘された腹立たしさの方が上だった。


「驚いた。さすがは閣下、頭の後ろにも目があるのかしら」


 もしも本当についているなら、潰してしまおうか。
 物騒なことを存外本気で考えていると、それを見越したようにマタイが笑った。
 常日頃から笑ったような顔だから、今更笑うも何もないだろうけど。


「流血沙汰は止めてくださいね。書類に付くと面倒です」
「あら、本当にあるの?」
「探してみますか?」


 本ほどの厚さがある紙の束を捲り、どうぞ、と促す。
 どこまでも余裕な態度に腹立たしさを通り越して、幾ばくかの疲れを覚える。

 溜め息一つ吐いて申し出を断れば、やはり返ってきたのは「残念です」という笑み混じりの言葉だ。
 ふいに、疲れた脳がいつもと違う回路に神経を走らせる。
 それこそ、踏破など無理かと思われた未開の道筋に。

 こんなやり取りばかりしているから、友人にあんなことを言われたのだろうか。

 そう考えてみると、なんとも胃が重くなる思いだった。
 甘えてみれば、という軽い言いようと目の前の黒の後ろ頭を交互に眺め、大して悩むことなく出た結論は、無理、の一言に尽きる。

 この男とそんなことをするなんて、神経が耐えられそうもない。
 それこそ、まだ罰ゲームだと言われた方が吹っ切れられる。


「そういえば。ねえ、マタイ」


 未だ視線を上げず、黙々と紙を捲っている肩に指を添える。
 慈しむような優しさの指先に、サラは笑ってしまった。
 こんな触れ方なんて、この男に不要なものなのに。


「この間さ、うちの神父とシスター数名が市街戦に巻き込まれて殉職したんだよ」
「……それは、御愁傷様です」
「それだけ?」
「抱き締めて慰めてさしあげましょうか?」


 のうのうと、それも神のくだされた試練ですよ。などと口にするマタイに、腹の底が熱くなる。
 添えていただけの指で、肩を掴む。
 指先が白くなるぐらい力が入り、骨が軋む。それでもあの笑った顔がそのままなのかと思うと、反吐が出そうだった。


「よくよく聞けば、その市街戦はそもそも周辺住民への避難勧告もおざなりで始まったらしくてね」


 別件で赴いていた彼らは、住民たちを誘導して避難する折り、流れ弾に当たったのだ。
 朱の僧服に爪が食い込んでいるのに、マタイは特に抵抗らしい抵抗を見せなかった。
 服同様の血がそこから滲んでしまえばいいのに。

 ぺらり、と軽い音で紙を捲りつつ、異教者の殲滅には致し方ありませんでしたから、と言った。
 
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