花鳥風月◇龍姫伝


□【三章】霧の惑いと星の巡り
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『うわっ……凄い濃い霧だね……』


私達が船の外へ出てみると、
そこは、辺り一帯が濃い霧に包まれ、
とても視界が悪かった。


「悪しき霧が、全てを包んでいる……
人も、森も……忍び寄る夕闇も」

『悪しき霧?忍び寄る夕闇……?』

遠夜の声を通訳すると、
じっと私と千尋を見ていた那岐が、
すっと何かを手渡してきた。


「──千尋、李桜、
これを持っていた方がいい」

「この葉っぱを?」

「ナギの葉は、
魔除けになるって言われてる。
何かの役に立つかもしれないから」

『ねぇ……やっぱりこの霧、悪いものなの?』

「さあね。ただ、そんな気がしただけ。
何かを隠してるような、
何かが近付いているような……」

「えっ……」


「………なぁ、姫さん。こんな霧、
朱雀の力でぱーっと
吹き飛ばしたり出来ねぇかな?」

那岐の言葉に、不安げに顔を曇らせる
千尋を見て、サザキが提案する。

だが、その提案はすぐ那岐に却下された。


「……無茶言うなよ。確かに朱雀は
強い力を持った神だけど、別に万能じゃない」

那岐の言葉に、サザキはがっかりした。

「かーっ、オレらの守り神様も、
案外頼りにならないな。
中つ国にいるっていう、
龍神様の力でもなきゃ駄目か……」

『…サザキ、罰当たりな事言わないで。
それに、霧払いをする為だけに
龍神を喚ぶなんて、
神の力の無駄遣いすぎるわ』


私とサザキの会話を聞いて、
千尋は首を傾げ、問い掛ける。

「龍神様?その名前、
時々聞くけど、それって……」

千尋の問い掛けにサザキが驚く。


「おいおい、中つ国の姫さんとも
あろう人が、知らないのか?」

「………うん。みんなは?龍神様の事、
知ってるの?」

千尋の問いに、全員が頷く。


「……当然」と那岐が言うと、
忍人さんが説明してくれた。

「龍神とは、中つ国建国の際に、
人に力を貸した強い神だ」

「力を借りた…?その時、
力を借りるような事が、
何かあったんですか?」

私は、千尋に教えてあげる。


『輝血の大蛇よ……豊葦原では有名な話。
遠い昔、豊葦原の人々は、
輝血の大蛇に苦しめられていた……
荒ぶる神を鎮める為、毎年一人ずつ、
生贄を差し出したりしてね』

「生贄だなんて!誰か
大蛇を倒そうとか思わなかったの?」

声をあげる千尋に、私は話を続けた。

『大蛇の力は、人々にとって
あまりにも強大だったの……
でもね、八人の生贄の少女のうち、
最後の一人が立ち上がったの。
大蛇に立ち向かい、戦うべきだと
人々を諭して、仲間を率いるようになった。
それでも、大蛇の力は強くて、
苦しい戦いが続いて……
もう、戦う力も失われそうになった時……
龍神が現れたの。白き龍の神……
娘の祈りに応えて、
人々を大蛇から救おうと……』

「龍神が現れたの?本当に?」

『伝承では、そう伝わっているわ。
……大蛇は姿を消し、平和になった
豊葦原には、中つ国が作られた。
今でも、中つ国の王が願えば、
龍が加護を与えると言われているわ。
だからこそ、中つ国の王家に連なる者は、
龍の加護を受けた神の子……
「神子」と呼ばれている……

千尋も、呼ばれた事があるでしょう?』

「そういえば……私の事を、
神子と呼ぶ人もいる。
朱雀も言っていたよね。白き龍の神子って」

『そう。千尋は、白い龍神に選ばれた
神子なの。そして私が、
豊葦原の全てを守護すると言われている、
黄金の龍神に選ばれた神子』

「そうそう。要は、龍神も神子も
すっげぇ存在だってことさ」


簡潔に纏めてくれたサザキが、
千尋に再度、訊ねる。

「で、龍神の神子ってのは、
龍神様の力を自在に使えるんだろ?」

サザキの問いに、忍人さんが答える。

「自在かどうかはわからないが……
龍神を呼ぶ事が出来るとは、伝えられている」

「そうなんだ…」


千尋は……やっぱり、
まだ思い出していないみたいだ……
あの日の夜……
一ノ姫姉様と話した、龍神の話を……


「でも、私、龍神の喚び方なんて
知らないよ?そんなのどうやって───
くっ……」

突然、千尋が頭を抱え、
苦痛の声を漏らした。


『千尋っ?』



───………


「ニノ姫には龍の声、届かぬか」

「母様……」

「やはり、ニノ姫では
巫力が足りぬようですね……」

「……我が子とも思えぬ」

「待って!母様!私もちゃんと、
龍神様の声、聞けるようになるから……!」



「(今の記憶は……?)」

『千尋……?大丈夫?』

「神子……?神子の身に、
痛みが凝りついている……苦しいのか?」

『千尋、苦しいの…?
遠夜が、千尋の身に
痛みが凝りついてるって…』

遠夜の声を通訳すると、
千尋はハッと我に返り、頭を振って、
表情を元に戻した。

「ううん……大丈夫。何でもないよ」


「……もういいだろ。
喚べない神の話なんてしても、仕方ない。
行くの?行かないの?」

千尋の様子を見ていた那岐が、
面倒臭そうに話題を切り替えた。

「あ、そうだね。そろそろ出発しよう。
夕霧、後の事はよろしくね?」

「ええ、千尋ちゃん達こそ、気ぃつけてな」


千尋が夕霧に留守番を頼み、
私達は濃霧の中を歩き出した。




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