花鳥風月◇龍姫伝


□【四章】祭の夜、繋がる心
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───アシュヴィンとナーサティヤから逃れた
私達は、再び天鳥船に戻った。

筑紫の磐座に行き、霧が晴れて以来、
天鳥船はまた何事もなかったように、
空を飛ぶようになった。




『………………』

「!……大丈夫か?」

『うん……大丈夫……』

「その青ざめた顔でか?」

『………大丈夫じゃないです………』



李桜が忍人と共に船内の回廊を歩いていると、
スーッと後ろに引っ張られるように、
李桜の意識が一瞬薄れ、倒れそうになった。
すぐに気付いた忍人が身体を抱き留め支えると、
李桜は大丈夫と笑って見せたが、
その顔は青白く、誰が見ても体調不良と解るものだった。



「力を使ったからか」

『うん……ごめん、休みたい……』

「わかった」

四神クラスの神の穢れを祓うともなれば、
流石の李桜も、力を多く使う。
その反動で体調不良になった李桜は、
自室で暫く休む事にした。



「……熱があるな」

『いつもの事なの……
大きく力を使うと、熱が……
でも、すぐ治るから』

そう笑ってみせるが、
忍人は李桜の事になると、
殊更心配症になるらしい。


「いや、駄目だ。薬を持って来よう」

『あ……それなら、那岐から薬を。
私は特異体質だから……
那岐が鬼道を使って作った
特別な薬じゃないと、効かないの』


そう説明すれば、忍人は
「わかった。待っていてくれ」と言い、
部屋を出て行った。




『…………頭、痛いな…………』

熱のせいか、疲れのせいか。
何れにせよ、頭が鈍く痛い。
少し、うたた寝でもしようか。
そう思い、瞼を閉じた時だった。



───ガクン!
ゴゴゴゴ…………!!



天鳥船が、突如地震のように
大きく揺れたかと思えば、
筑紫の時のように、地上へ向かい
落下して行くのが解った。
すぐに忍人さんが戻って来て、
勢いよく扉を開ける。



「姫!無事か!」

『うん……!
一体何が起きてるの?』

「どうやら、また船が制御不能になったらしい。
墜落している」

『そんな……!』


飛び起きた私は、
忍人さんの手を確りと握った。


(今度は何処へ落ちるの……?)


間もなくして、地響きを立てながら、
船が地面に着いたのが解った。
その衝撃の大きさに、
私は咄嗟に忍人さんに抱き着く。
忍人さんは、確りと私を抱き締めてくれた。


数秒間、二人はそのまま固まった。
そして、我に返った忍人は、
李桜の両肩に手を置き、
李桜を押し離した。



「す、すまない……」

『え?ああ、大丈夫だよ?
抱き着いたのは私だし』

そう言い微笑めば、忍人は僅かに頬を朱に染め、
気持ちを切り替えるために咳払いをした。


「…………楼台に行こう。
皆、集まっている」

『わかったわ』





「あ、李桜!忍人さん!
良かった、無事だったのね!」

『千尋!また墜落したの?』

私の問いかけに、千尋ではなく柊が答える。

「我が君、ご無事でようございました。
この船は、出雲に降り立ちましたよ」

『出雲?どうしてわかるの?』


私の問いかけに、今度は風早が説明する。


「この天鳥船は、筑紫の時から、
強い神々がいる場所を巡っているようなので。
筑紫の次に強い神がいる場所は、
ここ、出雲なんです」

『成程……』

「出雲にも、筑紫の白虎みたいな
神様がいるって事?」


千尋が首を傾げると、布都彦が答えた。


「この地に眠る強き神……
私も、聞いた事があります。
出雲の山中には、神の座す磐座が在ると」

「そうなの?じゃあ、今度も
その場所に行けばいいんだね」

「いえ……それが…………」


千尋の言葉に、布都彦が言葉を濁す。
それとほぼ同時に楼台に入って来た道臣が、
代わりに答える。


「姫。話はそう簡単ではないかもしれません」

「簡単じゃないとは……
出雲に何かあったんですか?」

「出雲は今、常世の国の領主
「若雷」が治める直轄地なのです……」


風早と道臣の会話に、李桜は首を傾げた。


『若雷……?』

「李桜、知ってるの?」

『話には聞いてる。
アシュヴィンやレヴァンタと同じ、八雷の一人。
常世の国の皇の末の子らしいわ』

「けど、領主がいるってだけなら、高千穂と状況は変わらないだろ。
磐座に行って、さっさとおさらばすればいいじゃないか」


気怠そうに言う那岐に、布都彦が言う。


「いや、それが……難しいんだ。
磐座の場所は恐らく、常世の領主しか知らない」

『どういう事?』

「出雲は良質な砂鉄の産地で、古くから、
鉄器の生産が盛んな土地なのです。
そのため、出雲を手中にした若雷は、
新たなたたら場を築いたそうです。
かつて神の眠っていた地──
磐座のあった場所に」

「磐座が……?」


驚く風早に、道臣が答える。


「取り壊されたのではなく、何処か別の場所に
移されたようなのですが……」

「うーん……その時の事を
知ってる人がいればいいんだけど」


眉をひそめ悩む千尋に、柊が答える。


「場所を知る者は居りますでしょう?
先程から、盛んに話題に上っている方──
常世の皇子、若雷様に
お聞きすれば宜しいのでは?」

『大丈夫なの?』

「会いに行ったりしたら、
すぐに捕まっちゃうわ」

「いえ、そうとは限りませんよ。
俺達が叛徒……中つ国の者と判らなければ」

「遠方からの旅人が、国長に便宜を願い出るのはよくある事。
姫、我らの身分さえ、隠し通す事が出来れば……
出雲領主の邸、夜見を訪れても、怪しまれぬかもしれません」


李桜と千尋の言葉に、風早が思案し、布都彦が続いた。


『そうね。危なくなったらすぐ逃げられるようにして、行ってみましょうか』

「姫、夜見ならば私もよく知る場所。ご案内致しましょう」


早速出発しようとした布都彦を、
風早が呼び止める。


「ああ、待って下さい。
布都彦、その呼び方気をつけて。
柊も忍人も……サザキもかな。
行く途中は構いませんが、
出雲領主の前で「姫」なんて呼んだら……
どんな言い訳をしても、一発でばれてしまいます」


風早の言葉に、布都彦は困惑する。


「で、ですが……ならば、
姫の事は、何とお呼びすれば……?」

「千尋、でいいよ」

『私も、李桜でいいよ。
皆、そう呼んでるし』


千尋と李桜の言葉に、
布都彦は驚き、顔を真っ赤に染めた。


「なっ……なりません!
そのような……姫と臣下の身でありながら、ね……懇ろな……!」

「ね、ねんごろ……??」

『……千尋、スルーして』

「千尋、李桜。
放っておいて、早く行こう」


恥じらう布都彦をスルーして、
那岐が部屋を出て行こうとする。
それを、布都彦が止めた。


「那岐。そう言えば、ずっと気にかかっていたのだ。
何故君は姫達に対し、そう礼を失した振る舞いを──」




「………行っちゃった」


きょとんとした顔で二人の後ろ姿を
見つめる千尋に、
李桜が先を促す。


『千尋、行こう。二人を見失っちゃう』

「あ、うん」



こうして、私達は
出雲の地に足を着いた。




 

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