☆ロイ受☆

□雪の記憶
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風が頬に鋭いナイフのように突き刺さる。
冷たい、鋭い風が・・・・・・
風が強いのは当然、ここは海の上を滑るように走る船の上なのだから・・・・・・
風が冷たいのも当然、ここは位置的にも北の方なのだから・・・・・・

時刻は十時・・・・・・日にちは12月24日
そう、クリスマスイブである。
だが、軍人にとってはクリスマスイブもクリスマスも世間から聞こえてくるただの浮かれた歌にすぎなかった。
歌は耳に入ってきてほんの少し頭に残る。
ただそれだけのことだ。
その歌に合わせて踊り浮かれる余裕など軍人にはない。
ロイはそう自分に言い聞かせながら、身を引き裂かれそうな強くて冷たい風の中にいた。
仕事のために今から北の小さな島に行かなければならないのだ。
クリスマスイブに何故ロイ自らがそんなところに行かされているかというと、たんに上司の嫌がらせである。
「・・・まったく・・・・・こったことをしてくれる・・・」
ロイは上司への悪意をその短い一言にこめる。
別にハボックやらに行かせてもかまわないはずの仕事だったのだが、それをあえて上の人物はロイ自ら行くようにと言った上に、このイブの日を選んだ。
しかもどうやらクリスマスの日には到底帰ってこれそうもない仕事を一足早いクリスマスプレゼントとしてくれたらしい。
あきらかに嫌がらせとしか言えなかった。
どうやら、原因はロイの容姿だ。
その端整な顔だちゆえに当然ロイは女性にもてる。
軍人というむさいイメージを見事にぶち壊すその整った顔は上司の「嫌がらせ」を買うのに十分だった。
クリスマスを彼女の一緒になどという軍人はごく僅かで、8割がたは仕事に追われて悲しいクリスマスを過ごすのだ。
家庭をもたない上司にとってもそれは同じこと。
つまり彼女がいない寂しいクリスマスというのは上司、部下関係なく軍人にとってはあたりまえらしい。
そしてその8割に入らない一人がロイだ。
彼が誘えば女など腐るほどひっかかってくる。
そのロイの顔に嫉妬を覚える者(男)は少なくないだろう。
そして、若いながらも大佐の地位を手に入れたという大物でもある。
上司が彼を嫌う理由が見事なまでにそろっているわけだ。
まぁ、ロイはもうそんな嫌がらせにも慣れつつあるのだが・・・、何より上に行くことを目標にしている彼にとってこうなることへの覚悟などとうにできている。
「・・・寒い・・・・・」
ロイは不機嫌そうに呟いた。
「・・・せっかくのお嬢さんとの約束がキャンセルだ・・・・・」
ロイは一つ大袈裟にため息をつく。
しかし、ロイにとってほんとはそんなことはどうでもよかった。
ただ一人のクリスマスを過ごしたくなかっただけ・・・
子供じみてはいるが、女性を誘ったほんとの理由はそれだった。
誰かと一緒にクリスマスを過ごすことができるなら、一人にならないのなら・・・相手は誰でもよかったのだ。
もし一人でこの日を過ごしてしまったら、どうしようもない孤独という恐怖に飲み込まれてしまいそうで・・・・・
それが予想できたから予定をいれておいたのに、それは軍人という立場ゆえにすべて崩れ去ってしまった。
暗く、風のきる音しか聞こえない孤独な船の上のイブ。
そして今から向かう場所は極めて人口の少ない小さな北の島にある小さな村。
なにが悲しくてこんな日に一人にならなければならないのか・・・・・・
「・・・・・・・・・・神はよっぽど私の不幸が好きらしいな・・・・・・」
ロイの身も心も寒さを訴えていた。
船の中には腹いせに軍の金を存分につぎ込んだ立派な部屋があるのだが、そこにいるとさらに心は寒くなる。
この痛い寒さの中に身を置いて、ロイは心の痛みをかき消そうとしているかのように見えた。
だが、その行動も結局は無駄だったようだ。
「・・・・・赤い帽子の・・・サンタクロース・・・・・」
今、ロイの頭の中を支配するものは一つ。
毎年、馬鹿みたいな真っ赤な格好をして、やってくる眼鏡をかけたサンタの姿だ。
手にはケーキを持っていて、クリスマスプレゼントだと二カッと笑うエセサンタ。
だが、ロイにとってそれは唯一本物のサンタであると同時に、本当に欲しいプレゼントでもあった。
騒がしかったあの日の今日は二度と来ない。
そう思うと、どううしようもない虚無感に襲われる。
「・・・・・ヒューズ・・・・・・・・」
ロイは無意識のうちにその頭からはなれない人物の名を口にしてしまい、その自分から発せられた音によって我に返る。
そして、あまりにも自分の予想が的中していたことに思わず苦笑をもらした。
「・・・そんなに逃げたいのか俺は・・・・・・・」
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